牙跡 -コンダク- 伍
「そう、だ。俺は、ケガレガ、ミに……ぶん投げられて……」
「何を言っておる。奴はお前が……」
「和歌、達は……無事、か?」
「……あぁ、みな無事だの。安心していい。まずは水を飲め。少しでも体力を回復するんだの」
「悪ぃ、な」
猫又に背中を支えられ、ゆっくりと体を起こす供助。
会話は出来るが意識は朦朧としていた。
「古々乃木先輩、ゆっくり飲んでくださいッス」
「南、お前、焼きそば買いに行ったんじゃ……いや、それよりも天愚は……」
「まずは水を飲むッスよ。こっちはこっちで上手くやってるッスから」
「そう、か」
南からコップを震えた手で受け取り、供助は入っていたスポーツドリンクを飲み干す。
意識は朦朧としていても、体が水分を欲していたのだろう。
しかし、水を飲むという行動だけでも辛いのか、供助はすぐにぐったりとして。小さく震える手からコップを落とした。
それをすかさず、床に落ちる前に南がキャッチする。
「っとぉ。さ、古々乃木先輩は少し休んでください」
「何言ってんだ、ガキが行方不明に、なっ、てんだ……面倒臭ぇ、が、朝から依頼を……横田、さんから……」
「いいからいいから。あたしが車を取って来るんで、ちょっと寝ながら待ってて欲しいッス」
「車……わか、った」
再びソファに寝かせると、供すぐに眠りに入った。いや、気を失ったと言うべきか。
「意識が朦朧としていて、さらに記憶の混濁。かなり衰弱しておるの」
予想以上の症状に、猫又は顔を強張らせて眉を寄せる。
ただの風邪でここまでの症状は出ない。やはり何か異常事態が起きている。
「猫又さん、体温計を持ってきました! あと一応、常備薬も!」
「うむ、ありがとう」
走って戻ってきた和歌から体温計を受け取ると、太一と祥太郎も続いて戻ってきた。
「毛布、とりあえず二枚で足りますよね? 着替えもOKっす」
「お湯とタオル持ってきました!」
「すまんが太一は供助のTシャツを脱がしてやってくれ。祥太郎は濡らして絞ったタオルで汗を。終わったら新しい服を着させる」
濡れて通気性が悪くなった衣服では、汗で濡れたTシャツが冷えると熱と体力を奪われる。
それを避ける為に、まずは供助の体力確保を急ぐ。
「猫又さん、ちょっとこれを見てください!」
「これは歯形……? 何かに噛まれた跡かッ!」
太一が供助の服を脱がせると、擦り傷とは別の歯形らしき噛み跡があった。
右の二の腕、左肩、右横腹。三か所に蛇のような噛み跡が。
そこでふと、猫又の脳裏にある事が引っ掛かる。
「蛇……まさかケガレガミは毒を持っておったのかッ!?」
思い当たる節はそれしかない。なにせ、ケガレガミの触手は蛇に似た形をしていたのだから。
猫又が忌々しく見つめる供助の怪我は紫色に変色し、その体を蝕んでいた。
腫れてはいないが、明らかに異質なのは理解できる。
「すまんが祥太郎、汗を拭いて着替えさせ終わったら、これで熱を測っておいてくれ」
「わかりました」
猫又は体温計を祥太郎に渡すと、広間の壁に掛けられた時計を見る。
時計の針は午前一時を回ったところ。現時刻を確認して、猫又の胸中には焦りが生まれる。




