査定 ‐サテイ‐ 弐
「この小させぇ工場跡地が、今日の現場だ」
「なんとまぁ、ぼろっちぃ建物だの。野良猫の住処になってそうだの」
「野良猫なら俺達が来る必要も無かったんだけどな。野良猫の代わりに妖怪が住んじまってる」
入口に張られた一本のロープに、一枚の張り紙。
書いてあるのは『立入禁止』というありきたりな言葉。
普通ならば私有地だったり、老朽化が激しく危ないといった理由で張られている。
だが、今回はそれ以外の理由がある。
「何年も放置されていたところ、最近取り壊しが決定したらしくてな。準備しようと業者が工場に入ったはいいが、そこで問題が起きた」
供助はロープを跨って工場の敷地内に入る。
そのあとを追って、猫又も付いていく。
「業者の人が突然、腕や足から血を流して倒れたらしい」
「物騒だのう」
「なんでも、傷口は鋭利な刃物で切られたかのようにスッパリいってたって話だ」
「ふむ。刃物、か」
「日に日に被害者も増えていってな。見えない何かに切られるってんで、ただ事じゃねぇと依頼が回ってきた訳だ」
工場の入り口。ドアは壊れて扉すらない状態で、外からでも中が見える。
見えるといっても、殆んど真っ暗だが。
「夜中の廃墟というのは不気味だのぅ」
「妖怪のお前ぇが何言ってんだ」
工場の二階を見上げて呟く猫又に、供助はつっこむ。
「だが、やはり……居るの」
「わかんのか?」
「うむ、匂いでの」
「猫も鼻が利くたぁ驚きだ」
「舐めるでない。犬程ではないが、嗅覚は人間よりも優れておるわ」
優れた嗅覚と言えば犬が真っ先に浮かびやすいが、実際は猫の嗅覚も敏感である。
犬は人間の嗅覚の百万倍に対して、猫は数万から数十万倍はあるというのはあまり知られていない。
「ただ、他にもそう遠くない所に人間の匂いがするのぅ」
振り向き、辺りを見回す猫又。
この辺りは町外れで山に近く、住宅は全く無い。
しかも、時間が時間。こんな所で自分達以外に人が居るというのは不審である。
尤も、一番不審なのは自分達なのだが。
「どっから匂いがする?」
「あっちの方だの」
猫又が指差す先は、工場の敷地から外に離れた森の中。
こんな時間のこんな場所に人が居るだけで怪しいのに、さらには森の中ときた。
「多分、そいつがお前の査定役だ」
「そういえば姿を見ないと思っておったが……そいつは木こりか何かかの?」
「今回のターゲットである妖怪に見られねぇよう姿を隠してるんだろ。俺達が危なくなったら不意打ちで妖怪を仕留められるようによ」
「なるほどの。もしそうなったら私の評価は目も当てられん結果になっているんだろうのぅ」
「そうだな。そうなったら依頼が減る上に報酬も下がる。つまり金が無くて飯も侘しくなる」
「そ、それはなんとしても避けなければならないのぅ!」
供助はポケットに両手を突っ込んだまま肩を竦ませた。その様子に、猫耳を立てて慌てる猫又。
供助と猫又が一緒に住むようになって一週間とちょっと。まだ長くない期間ではあるが、互いの性格も解ってくる。
傷の治療の為に安静にしなくてはならないのもあったが、家に篭りっぱなしだった猫又。
外に散歩も出来ず、一番の楽しみが飯になっていた。その楽しみが侘しくなるのは、猫又にとって大問題である。
しかしまぁ、供助が集めている漫画を読んだり、ゲームをしたりと他人から見たら自堕落な生活を送っていたようにも見えるが。