牙跡 -コンダク- 参
「その最終手段を使用して天愚を倒したのか。やはり楽な相手ではなかったようだのぅ」
「いや、この奥の手を使っても天愚は倒せなかった。決め手はサバイバルナイフだったよ」
「む? しかし、武器は全て使い切ったのでは……?」
「古々乃木先輩の足元にたまたま、霊力切れのサバイバルナイフが落ちてたんだ。それを古々乃木先輩が一瞬で霊力を補充してたんだよ。最後はそれで一突きだった」
畜霊石を洗って冷えた体を温めようと、南も湯船に浸かる。
「供助が補充した石も飲み込めば良かったではないか。奴の霊力は強力であろう?」
「それは出来ねぇんだ。畜霊石を飲んで強化するには、その畜霊石に自分の霊力が入ってねぇと駄目なんだよ」
「体内から別の媒体で自身の霊力を補充すると同時に、元ある霊力と共振させて増幅させているよう感じかの? 他人の霊力では不可能な理由はそんな所か。昔から強力な技には縛りが付き物だからの」
「ま、飲んで強化するのは無理だけど、武器に取り付けて使う分には他人の霊力でも大丈夫だけどな」
戦闘での疲れと冷えた体。南は温泉のあまりの気持ち良さに、大きな溜息を漏らした。
温泉の効能か、筋肉痛も和らいでる気がする。
「にしてもやっぱすげぇわ、古々乃木先輩の霊力は。天愚に思いっ切りブッ刺したってのに、石にはまだ余裕で霊力が残ってらぁ」
「あ奴は霊力バカだからのぅ。その点に関しては私も舌を巻く」
「あたしの霊力じゃあ、あんなに長持ちしねぇよ。霊力の量だけじゃなく、質も雲泥の差だ」
南は感服しながら、風呂場の天井を仰ぐ。
同じコップ一杯のアルコールでも、中身がビールとウイスキーとじゃ濃度が違う。濃度が違うなら当然、人を酔わせるのに必要な量も違う。
解りやすく言えば、そういう事だ。霊力の質が高い供助の霊力だと、少しの霊力でも威力を発揮する。
「古々乃木先輩の霊力が込められた畜霊石かぁ。取っといてお守りにしよ」
「供助の霊気がお守りとはイマイチ信用が足りんのぅ」
「何言ってんだ。現に今日、助けてもらったんだ。安心と信頼の実績だろ」
「安心と信頼って、供助に似合わない言葉ではないか……」
なんとも供助のイメージとはかけ離れている。怠惰とか偏屈であったら納得であるが。
湯に浸かりながら、のびーっと手足を伸ばす猫又。
少しの間を空けてから、南はおもむろに口を開く。
「なぁ、猫又サン。アンタが探……」
「む? なんか騒がしいの?」
南の言葉に被せて、猫又が脱衣所の方へと目を向ける。
すると、脱衣所から足音が聞こえて来たと思った瞬間。
いきなり風呂場のドアが開けられ、和歌が入って来た。
「猫又さん、南さんっ!」
「キャーッ! 和歌さんのエッチ!」
どこかで聞いた事がある台詞を言って、タオルで前を隠しながら蹲る猫又。
お約束である。
「おう、和歌。どした?」
そんな猫又を南はスルーして、湯船の縁に腰掛ける。
和歌はかなり焦った様子で、二人に助けを求めた。
「供助君が……供助君が大変なんですっ!」




