牙跡 -コンダク- 弐
◇ ◇ ◇
場面は変わって風呂場。
檜で作られた四、五人は入れる大きな湯船に、シャワーが二つ。
ここには小さな温泉源があるらしく、バルブを開ければ湯船の角にある湯口から温泉が流れ出てくる。
まぁ、一日に出せる量は決まっていて、常にかけ流し状態には出来ないが。
「っかー、やっぱ温泉はいいのぅ。働いた後だと余計に染みる」
足を伸ばして肩まで浸かる猫又。温泉特有の硫黄の匂いが少しだけ鼻につく。
体を洗っている間にお湯を溜めたが、まだ湯船の半分くらい。それでも体を沈めれば十分に浸かれる。
「ぬ? 何をやってるんだの、南。入らぬのか?」
「いやー、ちょっとやる事をやっとかねぇとよ」
体を洗い終わったのに温泉に入らない南を、猫又は湯船の縁に腕をやって声を掛ける。
しかし、南は桶にお湯を溜めて、ゴシゴシと何かを入念に洗っていた。
「南……そんなに足が臭いのかの?」
「臭かねぇよフザけんな! 変なイメージ付けようとすンの止めろ! マジで!」
「じゃあ何を洗っておるんだの?」
「ん? あぁ、これだ」
南が見せたのは、指で摘まんで持った小さく丸い透明な石。
「畜霊石? なんでまたそんなのを洗っておるんだの?」
「いやー、その……ちょいと特別な使い方をしちまって……」
「なんだ、歯切れの悪い言い方をしおって。尻にでも突っ込んだか?」
「突っ込む訳ねぇだろ! なんださっきから、あたしのイメージ悪くなるような事言いやがって! なんか恨まれるような事したか!?」
「巨乳死すべし」
「あたしは普通だっつの!」
和歌と比べれば南は控え目だが、それでも目に見えて分かる膨らみがある。
対して、火曜サスペンスドラマな絶壁胸の猫又。南を敵と認識するには十分であった。
「冗談半分は置いといて、洗う理由はなんだの?」
「その置いた残りの本気半分はもう戻してくんなよ、ったく。飲んだんだよ、この石を」
「飲んだ? 畜霊石をか? なんでまた」
「あたしの奥の手だ。霊力を溜めた畜霊石を飲むと、一時的だけど霊力が爆発的に上がるんだ。反動で筋肉痛になっちまうがな」
現に今、体中が痛くて動きがぎこちないのを、わざとらしく猫又に見せる。
「ま、こんな感じで機動力を失っちまうから、道具も尽きた時の最終手段さ」
「なんだ、飲んだのなら結局は尻から出したのではないか。それならば確かに念入りに洗わなくてはならんのぅ」
「誰が出すか! 口から戻したに決まってンだろ!」
南はしつこい猫又に声を荒げながら、無くさないよう桶の中に畜霊石を入れておく。




