第九十七話 牙跡 -コンダク- 壱
◇ ◇ ◇
現在の時刻は午前三時。まだ空には月が浮かび、空に明るみが掛かるのはもう少し先。
天愚とケガレガミとの激戦を終え、ペンションに辿り着いた一同。
広間の電気を点けて、各々が疲れを取ろうと体を休める。
「あーしんどー。タクシーを捕まえれてよかったぜ」
ソファにどっかりと座り、筋肉痛に少し顔を歪める南。
ペンションまで歩いて帰るのはやはり辛く、道中で丁度良くタクシーに乗れたのが幸いだった。
「供助君、本当にタクシー代を出さなくていいの? 皆で乗ったんだから、私も払うよ?」
「あー、いいって。この旅行の移動費は、ウチの上司が全部出すっつってたからな。立て替えただけで、俺だって払わねぇんだから」
「でも、本当にいいのかな……」
「気にすんなって。元からそういう約束なんだからよ」
供助も大きめのソファに座り、そのまま横に寝転がる。
比較的体力は残っていた供助だが、それでも疲弊はしている。少しでも楽な体勢で休みたかった。
「南さーん、何か飲みます? 筋肉痛なら水分取った方が良いですよ」
「お、祥太郎、気が利くな。んじゃミネラルウォーターくれ。あとビール」
「えぇ!? お酒も飲むの!?」
「ひと仕事終えたんだ、そりゃあ一杯引っかけるは当たり前だろ」
「お酒じゃ水分にならないですよ?」
「だぁから水も一緒に飲むんだよ。大丈夫だって、死にゃしねぇよ」
早く持ってこいと手招きして、冷蔵庫を開ける祥太郎を急かす南。
「しょうがないのぅ、私も付き合ってやる。南」
「何がしょうがないだ。自分も飲みてぇだけだろ」
ひょいっと飛んで、ボフンとひと煙。人間の姿になり、猫又も冷蔵庫を物色する。
和歌は相変わらずな二人に苦笑いをしていると、猫又を見て、次に南を見る。
「南さん、猫又さんも。飲むのはいいですけど、一度お風呂に入って着替えましょうよ。髪や服、かなり汚れてますよ?」
「あん? げっ、マジだ。こんなに汚れてたのかよ。まぁ、あんだけ転げ回りゃ汚れるか」
「山の中で戦っていたからのぅ、暗くて気付かんかった。しょうがない、ひとっ風呂浴びてくるかの」
「ここの風呂は広いし、順番待ちすんのも面倒だ。一緒にパパっと入ろうぜ、猫又サンよ」
「そうするか。風呂上がりの方が酒も美味いしの」
南はぎこちない動きでソファから立ち上がり、猫又と一緒に廊下へと出ていく。
「ここに戻ってくる途中、救急車のサイレンが聞こえてたけど……もしかして悠一と結花ちゃんかな」
「うん。きっとそうじゃないかな、太一君。子供達が見つかって、病院に運ばれたんだと思うよ」
「これであいつ等、明日は晴れた気持ちで旅立てるんだな」
広間の掃き出し窓のカーテンを少し開けて、外を眺める太一。
知り合って一日も経っていないけど、それでも彼等は自分達を友人だと言ってくれた。
だったらこっちも、友人として彼等の門出を見送り、祝いたいと思う。
「南さんと猫又さんが上がったら、供助君もお風呂に入ったら?」
「疲れすぎて体が怠いんだよ。動くのも面倒臭ぇ」
「面倒でも汚れを落とさなきゃ……って、よく見たら、あちこち擦り傷もあるじゃない! 」
「うるせぇなぁ、和歌。これくらい勝手に治るっての。マジで怠いから寝かせてくれ」
「もう、じゃあ二人が上がったら起こすから。それまで軽く寝てて」
「くっそだる……」
供助は寝返りを打ち、ソファの背もたれ側へと体を向けて目を瞑る。
面倒臭いが、和歌の言う事も解らないでもない。とりあえず少しでも寝たい供助であった。




