正体 -メオト- 漆
「しかし、どうやって返すよ?」
ここで、供助が一つの問題を口にする。
「確かに。神隠しで手掛かりがなかった子供達だ。私達が見付けたと言って警察に送り届けても怪しまれるだろうの」
「それも行方不明だった子供を全員総連れで、だ。犯人だと疑われて事情聴取で丸一日拘束されんぞ」
「加えて私達は県外の人間。一層怪しまれるのが目に見えるのぅ」
「かと言って、どこかに置いて見付けてもらう訳にもいかねぇだろ」
子供達を助け出したのはいいが、安全な場所へどう渡すかが問題であった。
こんな夜中に未成年が揃って、しかも街の外の人間。そんなのが行方不明者を連れていたら怪しさカンスト。
警察に子供を連れて行って引き渡して、『はい、ありがとうございました』で終わる訳がない。
が、難題の壁に穴を空けたのは悠一だった。
「安心しろ。その辺は俺と結花でどうにでもなる」
「ぬ? 何か方法があるのかの?」
「神隠しがあるなら、神表しがあっても不思議じゃないだろ? 交番の前にこっそり置いてくる」
「かみあらわし……なんか語呂が悪いのぅ」
「事件が解決した今だったら、神社の結界に割いていた力を他に回せる。それなら姿を隠すぐらい簡単だからな。誰にも気付かれずに置いてこれるさ」
そう言って悠一が子供達へと手をかざすと、子供達を淡い光が包み込む。
すると、地面に寝かされていた子供達がふわりと宙に浮き始めた。
「じゃあ任せた。俺等は帰る。疲れ過ぎて体が怠ぃわ」
「ああ、供助。お前達には本当に助けてもらった。明日の九時頃、ペンションに行くよ。まだ聞きたい事があったら、そこでまた落ち着いて話そう」
「来ても寝てっかもしんねぇぞ」
「その時は勝手にお邪魔して、コーヒーでも飲んでるさ」
「不法侵入してコーヒー飲むとか、とんだ神様が居たもんだ」
けっ、と。供助は小さく顎をしゃくれさせる。
「じゃまた明日、和歌ちゃん。ゆっくり休んでね」
「うん、結花ちゃんも。子供達をお願いね」
光は悠一と結花も包み、次の瞬間。
一条の光となって街中の方へと飛んで行った。
「どこぞのRPGの移動魔法みてぇだな」
光が飛んで行った先を見ながら、南が呟く。
確かに見た目がルーなんとかみたいであった。
「俺達は帰るか。ゆっくり休みてぇ」
「お疲れさま、供助君」
「本当にお疲れだよ、ったく」
いつもの気怠げな態度に戻った供助に、祥太郎が労いの言葉を掛ける。
供助はそれにぶっきらに答えながら、重く感じる右手で頭を掻いて大きな欠伸をする。
「猫又さん、歩けますか?」
「まだしんどいが……まぁ歩く位なら大丈夫だの」
和歌が声を掛けると、あまり覇気のない声で答える猫又。
本当は体力を消耗しきって歩くのも辛いが、歩かねばペンションに戻れない。
南は運転免許を持っているが、今は車が無い。それに神社でお酒も飲んでいて、あったとしても運転できないが。
「はーぁ、それでも辛いものは辛いのぅ……もう供助でいいからおぶってくれぃ」
「誰がするか。俺だって疲れてんだ。自分で歩け」
「えー? じゃあ抱っこ」
「そこで一晩寝てろ」
「払い屋の中で一番元気なのにケチだのー……む? 抱っこ?」
冗談で言った抱っこという言葉に、猫又は何か閃く。
「のぅ、和歌。ちょいとこう……両腕をお腹の高さ辺りで軽く交差してもらえんか?」
「えっと、こうですか?」
「そうそう、そんな感じだの。そのまま動くでないの」
言って、ボフンと煙を出して人化を解除する猫又。
黒猫の姿になった猫又は、和歌の腕の上に乗っかった。
「これなら重くないし、歩かなくて済むのぅ」
「なるほど。これなら私でも猫又さんを抱っこして運べますね」
「こりゃあ楽ちんだの。しかも背中に大きくて柔らかい二つのクッション付き。天国だのぅ」
背中に感じる、和歌のふくよかで大きな胸の感触。
異性であれば指を加えて場所交代を願うであろうポジション。
「だけど、この脅威な胸囲が腹立つ」
「抱っこしてもらっといて僻むなよ、猫又サン。歩かねぇで済むだけマシだろ」
控え目というか、断崖絶壁に近い猫又の胸。この世の不平等に渋い顔をする。
筋肉痛で歩くだけで全身が痛む南からすれば、楽が出来るだけで羨ましい。
そんな猫又を見て、頭の上で仮想の電球が光る南。
「あっ……! こっこのっぎせーんぱい!」
「しねぇよ。歩け」
「まだ何にも言ってないッスよぉ!」
いつもの会話。くだらないやりとり。
この街に蔓延っていた穢れは祓われ、神隠しの子供は救われた。
明日……いや、日付はとうに変わって既に今日。
誰にも知られず、ひっそりと。数人の手によって、この街は日常を取り戻した。
が、しかし。
ケガレガミによる魔手は、まだ終わっていなかった――。




