心核 -オオヅメ- 伍
「イッギッ、イイィィィギィィィィィ!!」
だというのに、今だ健在。未だ倒せず。
黒い穴が空いただけの目と口だったのが、怒りの形相に変形して。
ケガレガミは激しく歯軋りして威嚇し、刺さった供助の腕に触手を這わせていく。
「しつっけぇな、っとによぉ」
「イイイイイイィィィィィィイィィィイイッ!」
「それもここまでだ……!」
ケガレガミを倒すにはもっと強い霊気を。もっと高い霊力を。もっと激しい攻撃を。
練れる霊力を、出来る限り。その拳へと圧縮――――とは、逆。真逆。
これまでの攻撃方法とは違う、反転した考え。
「なにも、気ィ張るのばかりが攻撃じゃあ無ぇってな!」
無意識とは言え、一度出来ていた。なら、意識しても出来る筈だ。
腕を伝って伸びる触手が、首に届いていて。殺そうとする敵が目の前だというのに。
供助は軽く笑い、右拳を握る力を緩めて。
フッ、と――――気を散らせた。
――――バツンッ!
突如鳴った、けたたましく弾けた音。高圧の電気がショートした音にも似ている。
ビチャリ。供助の周りに散らばる、無数の黒い水滴のようなもの。
「結果は上々。悪くねぇ」
眼前に居た筈のケガレガミが、消えた。
否。正しくは細々に飛び散った。
供助が右手に集中させた膨大な霊力。圧縮して固めに固めていた、それを。
留めていた力を緩めて、発散させた。それだけ。ただそれだけだというのに、その威力は尋常じゃないものであった。
あまりの威力にケガレガミの体は、足首しか残っていなかったのだから。
「それか、依り代は」
地面に残された、ケガレガミの左足首。その断面からはみ出ている物を、供助の目が捉えた。
再生されて隠される前に素早く掴んだのそれは。
赤い組紐で束ねられ、無骨で長さが不揃いの箸。
「人の勝手で祀り上げられ、人の勝手で封印されて……もしかしたら、お前も被害者なのかもな。けどよ、人を喰うのは許せねぇ」
木を削って形だけ整えて作られた、不格好な箸。
あんなにも黒々しく穢れた身体を持っていたのに、依り代は質素で味気ない物だった。
「供助、さっさと壊すんだの!」
「人の勝手で、逝ってくれや」
箸を折ろうとした瞬間、急激に重くなる供助の腕。
何個もダンベルを括り付けられたかのように、地面へと引き込まれる感覚。
「ガエ、セ!」
「コイツ、まだ……ッ!」
残っていた足首から伸びる触手が、いつの間にか供助の腕にしがみ付いていた。
触手に生えた口が、忌々しげに言う。
「けど、悪ィな」
しかし、無い。供助の右手には、さっきまであったケガレガミの依り代が無くなっていた。
「もうあげちまった」
無くなった依り代の行き先は。
くるくると大きく放物線を描いて。
「だから言ったであろう。さっさと壊せと」
猫又の方へと、緩やかに向かっていた。
「ア、ア、アアア……!」
終わる。終わってしまう。終わらされてしまう。
けど、届かない。手が無い。体が無い。どうしようも……無い。
どもって、擦れて、避けられない絶望を前にした叫び。
――――カッ。
乾いた、音。
依り代が真っ二つにされた音。
「妖力がスッカラカンとは言ってもまぁ、指一本ならの」
人差し指、一本だけ。微かに残った妖力を使い、爪を伸ばして。
クンッ。人差し指を上に曲げるだけの軽い動作で、決着はついた。
「アアアアアァァァアアアアアァァァアアァアアアァァアッッッッ!!!!」
穢れた神の最後。大きく響くは醜い断末魔が。
飛び散った体の欠片を集合させようとしていたのも虚しく。
「アア、ア……ア……」
散ったケガレガミの体は蒸発するように、黒い煙となって妖気と共に消えていく。
しつこく長かった戦いも、これで終わりを迎えた。




