心核 -オオヅメ- 参
「ギ、ギ……ッ!」
ケガレガミは逃げ出そうとするも、炎の壁がそれを許さない。
触れた箇所から引火し、黒い体に炎が燃え移る。
「サウナは好きかの? 我慢比べといこうではないか」
半径二メートル程の狭い範囲。だが、狭さに比例して火力を上げてある。
いかにケガレガミと言えど、無傷で脱出するのは不可能だろう。
加えて。猫又は残った妖力を使用して火廻ともう一つ、自身に炎の衣を纏わせる技――纏火使っていた。
これでケガレガミに攻撃されても耐え得る事が出来る。むしろ、攻撃を仕掛ければ纏った炎から延焼を狙える技だ。
「ギギ、ギ、ギギギ……!」
それを感付いていたケガレガミは何も仕掛けず、忌々しそうに歯軋りをさせる。
見事な封殺。これでケガレガミは焼き死ぬだけ……とはいかなかった。
実は火廻は包囲技として完全ではない。弱点がある。
この技は周囲を炎で円形に囲い塞ぐ技。つまり炎が届かない上空と地中は範囲外なのだ。
飛ぶか、潜るか。この二つの行動に対して、火廻は対処する事が出来ない。
「イイィィイギギィィィィ!」
ケガレガミは大きく叫び、体を捩じり始めた。ギチギチと嫌な音を立て、自身を大きな工具用ドリルのように変化させる。
そして、足元から。体を回転させて地面へと潜っていく。
僅か一分足らず。早くも火廻の弱点に気付かれ、ケガレガミは炎の届かない地中へと逃げていく。
「上空に飛べば無防備を晒して狙い撃ちされる。しかし、地中ならば炎も届かず視界からも逃れられる」
だが、猫又の態度には明らかな余裕。
逃げられたのではない。逃げさせたのだ。
初めから、こうさせるのが狙い目だったのだから。
「ならば当然、そうするだろうの」
猫又は話しながら歩き、屈んでケガレガミが逃げた穴へと手をやる。
「だが、地中でも狙い撃ちは出来る。最適の手ではあったが、最善では無かったの」
これまでが作戦。これが読み。これで詰み。
猫又の妖気はすでにスッカラカン。しかし、使用している技の炎を流用する事は出来る。
残った炎をただ流すだけの技、渉火。それを穴の中へと流し込む。
「それ、早う出て来ぬと真っ黒焦げになってしまうぞ。いや、元から真っ黒だったの」
確かに猫又の炎は地中に届かない。しかし、炎が通れる道があれば別だ。
そう、ケガレガミが逃げる為に掘った穴。そこに炎を流し込めば、狙わずとも自ずと辿り着く。
穴の奥。その先に逃げようとするケガレガミがいるのだから。
「ギィィヤァァァァァァァアァァァァ!!」
堪らず、耐えられず。土に溺れてしまうかのように、地中から悲鳴を上げて現れたケガレガミ。
体中の炎に悶絶して、引火した部分を体から切り離していく。
そして、その目前には。
「準備は整えた。しくじるでないの、供助」
不敵に笑う猫又の視線の先。
その瞳が映すは供助の姿と、白く光る右拳。
「終いだ――ッ!」
供助の言葉を言い切った時には既に、右手は大きく振るわれてた。
「ギギィィィィイイイイッッ!」
ケガレガミの腹に突き刺さる、供助の右手。
溜めに溜めた霊気の圧縮された拳は、手首までずっぽりとめり込む。
見事な一撃。並の妖怪ならば軽く吹っ飛ぶ威力。
「イッギッ、イイィィィギィィィィィ!!」
だというのに、今だ健在。未だ倒せず。
黒い穴が空いただけの目と口だったのが、怒りの形相に変形して。
ケガレガミは激しく歯軋りして威嚇し、刺さった供助の腕に触手を這わせていく。




