第九十五話 心核 -オオヅメ- 壱
「悠一、結花。いくつか聞きたい。この結界内の空気は澄んでおるが、この中にケガレガミを入れれば弱らせる事は出来るかの?」
「無理だ。結界の効果は対象の干渉を遮断するだけで、浄化の効果は無い」
「では、地中から触手が出てこない所を見るに、結界は地中にも張られておると考えて良いかの?」
「ああ。結界は周囲に円形で張ってある。地面の下も大丈夫だ」
「結界内に入っているものを感知する事は?」
「生きている者や、霊や妖の類であれば出来る。そういうのを判別して遮る結界だからな。生命の無い無機物は難しい」
「ふむ」
質問の返答を聞き、猫又はおもむろに周囲を見回す。
張られている結界の範囲。おおよそ半径二、三メートルと言ったところか。
「では、この結界をもう一つ作る事は可能かの?」
「出来ない事もない。規模による」
「今張っている範囲の倍の大きさだの」
「……出来る。けどその分、強度は下がるぞ。あの触手の数だと数分で破られる」
「つまり、数分ならば防げる訳だの。なら十分」
会話の流れと、猫又の表情。
何か良い策が思い付いた事を察し、供助も腕をストレッチして準備をする。
「で、俺はどうすりゃいい?」
「うむ。作戦を教えるの。悠一と結花も聞いてくれ」
動けない悠一と結花の近くに寄り、猫又は小声で作戦を伝える。
ケガレガミが話を聞いて対処される可能性もある。小さな憂いでも払っておくべきだ。
「……と、そんな流れだの」
「成功するかどうかは供助次第、か」
作戦を聞いた悠一は、供助を見やる。
「一度試してぇところだが、こっちの狙いが奴に気付かれたら意味がねぇ。ま、なんとかならぁな」
やってやると気合は十分。それでも供助には気負いも重圧は見て取れず。
いつも通りの緊張感のない態度。しかし、態度とは反して心強さと力強さが醸し出されていた。
「悪ぃな、悠一、結花。もう少し踏ん張ってもらうぞ」
「何言ってんだ、元々は俺達の問題だったんだ。これくらい何でも無いさ」
「そうよ。あなた達が戦ってるのに、私達は見てただけってなったら情けないもの」
供助は結界の境目、その目の前に移動する。
猫又も同じく、その隣に合わせて並び立つ。
「準備はいいかの? 供助」
「おう。大丈夫だ」
深く息を吸い、大きく吐く。
息を整え、心も整える。
「では行くかの!」
「っしゃ!」
二人が同時に、結界の外へと飛び出す。
結界外はケガレガミの触手が四方八方で蠢き、通れる隙間などどこにもない。
無謀だと思えるだろう。だが、無いなら作ればいい。邪魔ならどかせばいい。
通れないなら、通れるようにすればいい。
「っせぇい!」
結界の外に出て速攻、開幕一番。
供助の強烈な拳撃によって、触手の波が大きく割れた。
「イギュ!?」
その威力、その衝撃。ケガレガミは驚きを隠せない。
悠一達の結界は味方ならば遮断はされない。霊気も問題なく通れるのでならば。
結界内で安全に力を溜めて、攻撃する腕だけを先に出してブッ放して走り出す。結界の特性を活かしたスタートダッシュ。
「まるでモーゼの十戒だの」
どこかの聖書みたいだと呟く猫又。供助の一撃は凄まじいものだった。
触手の壁が真っ二つに吹っ飛ばされて、顕わになった地面。作り出された道を二人は駆け抜けていく。




