五人 -コドモタチ- 肆
「きゃあぁぁぁぁぁぁっ!!」
猫又が安堵しかけた瞬間。外から聞こえて来たのは和歌の悲鳴。
外に出るとそこで起きていたのは、触手。大量の触手、触手、触手。
角砂糖に群がる蟻の如く、火廻の周囲に触手が群がっていた。
「なっ!? 確かに奴は子供達を狙っていた筈だの!?」
猫又の読みが外れたのか。ケガレガミの狙いが外されたのかは分からない。
しかし、現実では悠一達が襲われている。強めに火廻を仕掛けたとはいえ、あの物量では長く耐えられない。
猫又はハッとする。洞窟に向かう際、ケガレガミの牽制が触手一本で弱かった事。それがもし故意であったとしたら。
「元から子供ではなく、悠一達を狙っていた……!?」
知能が低く本能だけで動いていると思った。もしそうなら、してやられたと。猫又は下唇を噛む。
「いま行……」
がくん、と。無情にも折れる膝。
「く、ぬ……力が……!」
「イ? イイィィィィ?」
ケガレガミが猫又の存在に気付き、一瞬だけ警戒した後。
まともに動けなさそうな状態を見て、ケガレガミの口が喜びで大きく歪む。
奴は猫又が邪魔してこないと察し、喜び。目の前のご馳走だけに目を向ける。
「嘗めるなよ、モドキ風情が……ッ!」
あの大量に群がる触手を一掃する手はある。そう、後の事を考えず、一掃する事だけをするのならば。
もう四の五の言ってられない。悠一達を……供助の友人である太一達を助けるには、他にない。
猫又は地面に膝を突き、子供達を降ろして。残った僅かな妖力を集中させ、両手を強く合わせる。
「廼炎戯」
既にもう触手は火廻を覆いつくし、もはや中からの声すら遮って。
中に居る人間へ手を掛ける前に。その技を放つ、その刹那。
「きわ……」
バヂン――――ッ!
「……な、ぬ?」
大半の触手が、消えた。一瞬で弾かれる様にかき消されたのだ。
何が起きたか分からないと、理解が追い付かず固まってしまう猫又。
それもそうだ。なぜなら、猫又はまだ技を使っていないのだから。
「どういう、事だの……これは……!?」
猫又は理解が……いや、目の前で起きた状況を頭で処理する事が出来ず。
それは猫又だけでなく。ケガレガミもまた、想定外の事態に固まっていた。
当然だ。何の前触れも無く、触手を払い除ける程に強力な結界が張られたのだから。
さらに、だ。その結界から感じ取れる、この感覚は――――。
「これは、この力は……神力ではないか!」
魑魅魍魎を祓うには様々な力、その種類がある。
人が持つ霊力。妖が扱う妖力。修行し徳を高める事で宿る法力。
その中でも特に格が高く、人が扱うのが至極至難の力。
読んで字の如く、神が使う力――――神力。
「出来れば最後まで、悠一と結花という友人で居たかったよ」
「けど、ここまできたらそうも言ってられないわ」
結界の中心で手を合わせているのは、悠一と結花。
そして、神力を放ち、結界を生成しているのも……この二人。
「あ、あれ? 急に黒い手が消えた?」
「なに、どうなってんだ?」
祥太郎と太一も、さっきまで覆っていた触手が消えた事に驚きを隠せないでいる。
「ゆ、結花……ちゃん?」
そして、雰囲気が変わった二人を見やる和歌。
後ろで戸惑う和歌に、背中越しに視線を向ける結花の目は、少し悲しそうな色をさせて。
「ごめんね、和歌ちゃん。こんな危険な目に遭わせてしまって。騙すつもりも、巻き込むつもりも無かったの」
和歌の返答を待たず。結花は前へと向き直す。
「でも、あなた達は絶対に……」
手を合わせる力を強め、小さく靡く長い頭髪。
悠一と結花の周囲にはチリチリと、強い静電気が纏わり始めて。
「私達が守るから!」




