第九十四話 五人 -コドモタチ- 壱
◇ ◇ ◇
南の決着から約二十分前。舞台は工事現場に戻る。
そこでは猫又が一人、ケガレガミを相手に鎬を削っていた。
「はぁ、はぁ……」
しかし、対峙する猫又の額には脂汗が浮かび、息も荒く乱れている。
供助は森へ飛ばされ、突然現れた太一や悠一達。二転三転する難境に、猫又はたった一人で凌いでいた。
たった一人で、ケガレガミの猛攻を。
「ゲェェェェェアアアァァアァァァァ!」
「ぬぅんっ!」
背後には守るべき人。五人の友人を狙ってくるケガレガミの触手を、猫又は先頭に膝を突いた状態で耐えていた。
それも使っている技……縲針は、脱力した腕で一定距離内の対象を突き弾く。いわば返し技。
守りの技としては強い反面、自身をその場に固定して動けなくなるという欠点もある。そして、自ら相手への決定打を与えられないという欠点も。
現に今も、一歩も動かずにケガレガミの攻撃を対処している。が、決定打を与えられないという事は、この状況が長く続いてしまうという事。
今までの戦闘で妖力の殆ど消費していて、このまま継戦すれば悪化の一途。
「猫又さん、顔色がっ!」
「気にするでない。動いて酒の酔いが回ってきただけだの!」
妖力の消費と、長い戦闘。猫又の顔色は明らかに悪い。
和歌が心配するも、猫又は大丈夫だと不安を与えないよう虚勢を張る。
しかし、現在進行形で妖力を消耗している。引きつった笑いでは、返って不安を煽るだけ。
「ぐ、ぬ……!」
「ニグッ! ニグッ! ニィィィィッ!」
妖力の枯渇が近いのはケガレガミも同じ。先程まで暴れ回った反動で、奴にも焦りが見える。
執拗に太一達を喰らおうと狙うが、ことごとく猫又によって弾き返される触手。
供助が戻ってくれば勝機はある。その時を待って、猫又は必死に今を持ち応えると。
「……イ?」
「動きが止まった? なんだの?」
ぴたり。触手は宙で止まり、ケガレガミもの本体も微動だにせず。
動画の停止ボタンを押されたかのように固まり、触手すらも宙で固まっているのが不気味さを増す。
急に不可解な行動を起こすケガレガミに、猫又も警戒を強める。
「ニ、イ……イイ……」
本来ならば手が止まった今が好機なのだが、下手に離れて手を出す訳にもいかない。
何より触手がまだ宙を漂っている。今使っている縲針は待ちが前提の技。離れた瞬間に太一達が狙われたら対処出来ない。
歯痒さもあるが、今は動かず様子見に徹するべきだろう。
「イイ、ニオオォ……イィ」
くきき、ごきん、ごき。頭を大きく震わせて、ぎゅるん。顔を真横に動かして。
ケガレガミは何かに反応し、真白い空洞の目で先を見つめている。
妖力が尽きかけのケガレガミは一刻も早く補充をしたい筈。その方法は糧となる人間を喰らう事。
なのに最優先であろう案件の手を止め、明後日の方角を眺めるケガレガミ。
餌とも言える太一達を無視する。何か他の方法を思い付いたのか。それとも他の人間を――――。
「あそこにあるの……洞窟?」
ケガレガミが目を向ける先。和歌がその先を目で追うと、暗闇の中に混ざって微かに確認できた黒い入り口。
その言葉に猫又はハッとする。
「しまったッ! 奴の狙いは子供達だのっ!」




