霊石 -オクノテ- 肆
「かか、か……は、ぁぁ……あ」
腹から背中へと貫通し、腕を抜くと真っ赤になった指先から鮮血が滴り落ちる。
肺は潰され、気道も失い、酸素の供給が伴わず。
大量の失血に、天愚は顔面蒼白。けど、生きてる。動いてる。
無呼吸乱打からの正拳突き、そして貫き手。南の肺も酸素を欲し、節々が軋む体は休息を求めてくる。
だが、手を緩めない。止めない。完全に仕留めるまでは。
「とぉどぉめぇだァァァァアァァァァッ!」
どうせ数秒後には時間切れで尽きるのだから。残る霊力を全て集中させる。
狙い澄ますは風穴の空いた腹。そこをなぞる様に、被せて。
鋭い中段回し蹴りが、天愚の胴体を激しく斬り払う。
「ごば、ぁ……ぁ」
真っ二つ。腹から上と、腰から下。
二つに切り離された天愚の体は、無残にも地面に転がった。
激しい戦いの……決着。
「ぜぇ、はぁ! はあっ!」
南は欠乏しかけた酸素を大きく何度も吸って、両膝に手を当てて肩で息をする。
制限時間ギリギリ。体から溢れていた霊気も今は消え失せ、完全に霊力は尽きた。
武器も手札も、今度こそ本当に使い切った。全てを出し切って南が勝利を掴み取ったのだ。
「これで古々乃木先輩に……笑われずに済むか」
二つに別れた天愚の体。その切断面から特に強く。
妖怪が消滅していく時に見れる、特有の白い煙が揺蕩う。
南は仕留めた事を確認し、近くの木に背中を預けてずり落ちていく。
「あっちに和歌達が現れた筈……あたしも合流しねぇと」
さっきの供助の言い回し、急ぎ様。そう考えるのが妥当だ。
しかし、動こうにも疲労で体がろくに動かない。尻もちを突いたまま、立ち上がる力すら入らない。
煩わしいが、少し休憩しないと駄目そうだ。一回だけ深呼吸し、俯きかけていた顔を上げる。
――――と。
「な―――ッ」
「がぁぁぁぁあぁぁぁ!!」
眼前に、喉元を噛み千切らんとする天愚が居た。
「ち、ィ!」
「ぐうぅ、ぐがぁぁぁぉおおっ!」
咄嗟に天愚の口に警棒を噛ませる南。
畜霊石の霊力が尽きても、念の為に持っておいたのが功を奏した。
だが、警棒も南本人も霊力はゼロ。目の前に迫る天愚を払う術は無い。
「しつ、っけぇ……ッ!」
「が、ぎぎがぅ! ぎざま、も、道連れだッ!」
天愚は上半身だけで、白煙の量も増えている。あと僅かの時間で力尽きて消えるだろう。
しかし、しかしだ。そのわずかな時間を凌げる体力も、霊力も、気力も。南には無い。なんとか今を耐えるだけで精一杯だった。
天愚は南の肩を両手でがっしり掴み、気を抜けばすぐにでも首を噛み千切られる。
「しぶっ、てぇなッ!」
「殺す、殺す、殺す! 殺させろぉ!」
「くっそ……力が、入らねぇ……」
あと何秒だ。何分だ。天愚が死ぬまでどれだけ掛かるのか。
必死に抵抗するもじりじりと顔が近付く。足を使おうにも体勢が悪くて使えない。
歯を食いしばるも力は少しずつ抜けていく。南は視線を落とし、地面を見つめて呟いて。
「っはは、古々乃木先輩には……まだまだ追いつけねぇや」
食いしばってた顎を緩めて、片腕を落とし。乾いた笑いを浮かべたのだった。




