消耗 -フンバリドコロ- 参
「か、あ、っは……!」
苦悶に染まる天愚の表情。当たり前だ。
猫又に負わされた大怪我を鷲掴みされ、さらには指で抉りながら手首に捻りを加える。
血止めとして巻かれた白布は赤く染まり、南の手首からは滴り落ちる血。
傷口に塩を塗るとはこの事か。その痛みは想像もしたくない。
「は、なせ……」
「ぐぎぎぎっ」
「離せぇぇぇぇぇ!」
「んがッ!?」
激痛に息を荒々しくしながら、天愚の裏拳が南の顔を捉える。
掴まれる手の力が緩んだ隙に天愚は離れ、南を忌々しげに睨めつける。
「こ、小娘が……!」
今までの攻防で痛みに耐えていたのは南だけではない。奴もずっと傷の痛みに耐えていた。
天愚の額には大粒の脂汗がいくつも浮かび、顔色も一気に土気色に。
「先に止血せねば……」
足元をフラつかせ、天愚は溶け込むように闇に紛れる。
結界の効果で妖気を辿るのは不可能。隠れれば南に見付かる事はないと、天愚は木影に身を潜める。
懐に忍ばせていた止血用の薬草を取り出しながら、南の位置を確認する。
「……居ない? 奴も追い打ちを恐れて身を隠したか」
ならば僥倖。天愚は南を気配で追えて、南は霊感で妖気を追えない。
時間を掛けても問題ない。止血して体力をわずかに回復すれば、再び同じ手で容易に追い込めれる。
「な、に……っ!?」
ふと。背後に感じた気配。空気の流れと言ってもいい。
索敵手段がないという先入観。激痛から散漫した注意力。
相手より有利という慢心から生まれた気の綻びが、南の接近を許した。気付かなかった。
「しっ!」
「ぐぬっ!?」
喉元を狙ったサバイバルナイフの一刺し。
しかし、咄嗟に出した天愚の手の平に貫通し、喉まで届かず。
「ちっ、も少し気付くの遅けりゃあの世行きだったのによ」
「貴様ッ、どうやって……!?」
サバイバルナイフの柄尻を左手で押し込み、そのまま喉元へ突き刺そうと力を込める南。
当然、天愚もそれだけは避けようと必死に抵抗する。
「いい、加減……に、しろ、貴様ぁぁぁあっ!」
「ぶふっ!」
荒々しい声を上げ、天愚の蹴りが南を突き飛ばす。
忌々しげに、苛々して。天愚は乱れた呼吸を整えながら手に刺さったナイフを抜く。
「だから嫌いなのだ、人間はっ! 醜くしぶとい!」
天愚は余裕は消え失せ、感情のままに口にされる言葉。
己の血糊が付いたサバイバルナイフを、不快極まりないと投げ捨てる。
そして、天愚は衣服の肩の所に引っ掛かって光る物を見付けた。
「なるほど。さっきの電撃の時に刺していたのか」
それは釘。南は投げた釘を拾い、畜霊石に僅かな霊気を溜めて服に刺していた。
結界内で天愚の妖気を探るのは不可能。だが、自分の霊気となれば話は別。
妖気が漂う一帯で霊気……それも自身のものを辿るのは簡単な事。南は釘を再利用して即席の探知機としたのだ。
しかし、だ。何とか捻り出した逆転の一手も、奇襲もあと少しの所で失敗で終わった。
それは釘。南は投げた釘を拾い、畜霊石に僅かな霊気を溜めて服に刺していた。
結界内で天愚の妖気を探るのは不可能。だが、自分の霊気となれば話は別。
妖気が漂う一帯で霊気……それも自身のものを辿るのは簡単な事。南は釘を再利用して即席の探知機としたのだ。
しかし、だ。何とか捻り出した逆転の一手も、奇襲もあと少しの所で失敗で終わった。
「だが、さすがに限界か、小娘。俺を探し見付けた運は認めるが、それで運が尽きたな」
釘をへし折り、天愚が向けた視線の先には。
「う、ぐ……おぇ、え」
両の腕は小さく痙攣を起こし、四つん這いで胃の中身を嘔吐する南の姿。
残り少ない霊力と武器で攻め手を考え、数手先までの布石を打ち、それでもあと少しが届かず。
南の霊力はもう、底をついた。




