煽合 -タイマン- 伍
「な、に……!?」
よろけながらも倒れず、そして見えた。
一瞬だけ天愚の姿が。
「っ痛ぇ……!」
背中を触ってみるも手に血は付いていない。痛み方からして喰らったのは打撃だと思われる。
「くっくく……森の中と暗さで目が追い付かんだろう? 地形を利用出来るのはお前だけではない」
「人の攻撃を軽いとか言っといて、テメェも大概だな。女のあたしをよろけさせる程度かよ」
「反撃の機会を与えず、痛めつけて確実に仕留める。簡単には済まさんっ!」
地形を使ったヒット&アウェイ。
闇夜で人目では限界があり、気配を追うにも上手く隠されている。声で居場所を捉えるもの不可能だろう。
南の限界は近い。が、それは天愚も同じ。大きな傷を負い、南が与えたダメージもある。
南に与えた攻撃の威力が著しく低下しているのが、その証拠。それは南も気付いている。
「はっはあっ!」
「んぐっ!」
次は横腹への一撃。構えて防御していても、どこから来るか解らない。
夕飯が逆流しそうになるも意地で飲み込む。
最初に使用していた小刀や鉤爪を使わず、天愚が打撃で攻めてくる所を見ると、奴も他に武器は持っていないと考えていい。
「いってぇな、クソッ!」
「手も足も出せず悔しかろう? 怖かろう!?」
次々と襲ってくる天愚。腕、太もも、肩、腰、また背中。
片膝を突き、背中を丸め、腹筋を締め、頭は手で覆う。少しでも攻撃に耐えられる体勢を作って、考える。
対処法を。打開策を。逆転する一手を。
『くっくく……木々と暗さで目が追い付かんだろう? 人間など所詮この程度よ』
「――ッ!」
さっきの天愚の言葉を思い出し、南は気付く。
奴の勘違いを。傲りから生まれた隙を。
使える残りの武器は四つ。サバイバルナイフと警棒。この二つは畜霊石の残り霊力が少ない。一発当てたら空になる。
未使用なのはスタンガンと、予備の畜霊石が一つ。
「……行ける」
自身が有利だと慢心している。南に手は無いと油断している。
ならば付け入る隙はある。必ず作れる。プライドが高い奴ならば、確実に。
「さっきまで威勢は! 虚勢は! どうしたぁぁ!」
「ぐ、ぅ!」
考えている間にも攻撃は続く。南の四肢には痛々しい痣が作られ、耐えられても傷が増えていく。
機会は一度きり。奴に勘付かせるな。悟られるな。
「そういえば居たよなぁ、他にも」
「あん、だ? 他ぁ……?」
「数は確か、五人だったか」
「五……?」
攻撃の手を止め、余裕の表れか。悦を含めた声で語る。
仲間の数は二人。供助と猫又。数が合わないと思いかけた直後、南の表情が一気に強張る。
「おいテメェ、何した?」
「のこのことやってきた餌を逃がすと思うか? ここ一帯に張った結界は人除けの効果があるのに、簡単に入る事は出来る。おかしいと思わんかったか?」
「まさか……」
「結界に施した効果はもう一つ。彷徨いによる退出不可、だ。今ごろ混ざり繋がる道でどこかを迷い歩いてる頃か」
「あいつ等、まだこの山のどっかに居るってのかよ!」
「払い屋でないにしろ、あの数の人間を喰えばそれなりに力も付くだろうなぁ。そうすれば奴も俺を認める筈だ」
危険だと判断して先に返した筈の太一達が、まだこの辺りに居ると言う。
天愚の虚言だと考える事も出来る。だが、この優位な状況でそんな無意味な事を言う必要は無い。
彷徨いの効果。もし太一達が戦闘中の場に鉢合わせたら、状況は一変してしまう。
南の胸中には大きな危惧が生まれる。だが、その中に混ざって気になるワードが出てきた。




