煽合 -タイマン- 肆
「ヨーヨーは……霊力切れか」
咄嗟の持ち替えで地面に落としたヨーヨーを見て、南は一瞥だけして拾うのを後に回す。
破損した訳ではない。だが、ヨーヨーの側面に埋めてある畜霊石の輝きが失っていた。
つまり、注入した霊力が切れたヨーヨーは天愚に対してまともなダメージを与える事は出来ない。
霊力無しでも使えるが、期待値の少ない道具はかさばるだけ。
「なら、このままッ!」
数メートル先に膝を落として蹲る天愚へと、南は一気に走り出す。
サバイバルナイフと警棒に付けた霊畜石はまだ輝きがある。なら、敵の体勢が崩れている今がチャンス。
「一気に攻め……」
「ぬるいわぁ!」
「くっ!?」
俯きかけていた顔を上げ、大きく腕を振り払う天愚。
その動作。狙いにいち早く気付いた南は、両手に持った武器で顔面を防御する。
武器に伝わる小さな衝撃と、金属音。
「あんにゃろ、あたしの釘を……!」
南の足元に転がる、見覚えのある二本の釘。
「くくく、軽いな。軽い軽い」
「ちっ、どこいきやがった!?」
ついさっきまで居た場所に天愚の姿は無い。
声もどこからか。辺り一帯から聞こえるようで、対面で話されているよう。
「あの小僧と猫の妖怪と違い、一撃が軽い。一見派手に見えても威力は低く、決定打に届かん」
「どっから喋ってやがる……? 距離も場所も掴めねぇ」
「山彦を応用した術だ。あちこちから響いて聞こえるだろう?」
南が警戒して辺りを見回すも、見えるは木と闇だけ。
今さら天狗っぽい技を使いやがってと、南は敵を見失った不甲斐なさから内心で悪態をつく。
「ヤバくなったら隠れんぼか? 元とは言え、随分と臆病な天狗が居たもんだ」
「虚勢を張るな。お前の勝ち目はもう無い」
「あ?」
「武器に畜霊石を付けていたのは威力増加の為と思ったが、にしては攻撃が軽い。かと言って仲間用にストックしている訳でもない」
「……」
「加えて、釘やヨーヨーを回収して再使用する素振りすら見せない。ならば答えは簡単だ。元々の霊力が少ないのだろう?」
「はっ」
南の払い屋としての欠点。気付かれる弱点。
しかし、それでも南は鼻で笑う。
「自信満々で何を言うかと思って聞いたらアホらし。こちとら欠点に気付かれる事が前提の戦闘スタイルだ。じゃなきゃこんな隠れオシャレをしてねぇわな」
南は警棒を持つ右手をスカジャンの内側へとやり、別の武器を取る仕草を見せる。
「さっき俺が膝を突いた時、残り霊力が少ないナイフと警棒での追撃を狙った。わざわざ接近して、だ。それはつまり、もう遠距離用の武器は無い事と、武器の蓄えの底が近い事を裏付けている」
天愚の声に笑いが混じる。攻守の逆転。立場の優位。
欠点を突き、弱みを攻める。強者が弱者を虐げる愉悦からの、零れた笑い。
天愚が言った事は全て当たっていた。南の武器のストックはもう残り少ない。
「今もわざとらしく武器を変えようとしてるのもハッタリだろう。必死に誤魔化そうとする姿というのは憐れだな、人間。俺が何も考えず、気付かずに戦っていたと思ったか?」
「何かを考えれて、気付ける奴だったら山から追い出されてねぇだろ。バカか、お前。だから天愚なんだよ」
「減らず口を……!」
「口が減らねぇのはどっちだよ。テメェこそさっきから得意気に舌なめずりしてんじゃねぇか。器が小せぇ奴ほどデカい口を叩きやがる」
「貴様ッ、嬲り殺すッ!」
「生きたまま喰うってのはどこ行った? あぁ痴呆か。大変だな」
武器も霊力も残り少ない。それを敵に見透かされている。
だが、南は弱みを見せない。虚勢だろうが何だろうが、使えるモンは何でも使う。
“まだ何かあるんじゃないか”という選択肢を相手の思考に与える。それだけで武器となるのだから。
「がっ!?」
が、しかし。
突如、南の背中に襲う痛み。




