第九十一話 煽合 -タイマン- 壱
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時間は少し遡る。場所は鬱蒼とした森の中。
周りは木ばかりで草も生い茂っているというのに、虫の鳴き声は一切しない。
静けさがより不穏さを増幅させ、空気が重く濁る。
そんな場所へと移動した南と天愚が、敵意を剥き出して睨み合っていた。
「フン、わざわざ自分から不利な状況にするとはな」
天愚は足に絡んでいた分銅の紐を千切り、足元に投げ捨てる。
「不利だぁ? 寝ぼけてンのか? ああ、こんな夜更けじゃ老人が起きてるには辛ぇよな」
「お前を先に仕留め、残り二人の前で喰らってやるのも面白い。小娘でも払い屋。俺の力も強まろう」
「常に自分が優位だと思ってる辺り、いかにも老害って感じだねぇ。頼みの綱だったオトモダチと離れちゃって寂しいだろ」
「相手との力量差も測れぬ未熟者が。口だけは一丁前か」
「ウン十、ウン百年と生きて自慢できるのが長ぇ鼻だけ。あと喋りの長さか。お話しするのは楽しいもんなぁ、孤独な年寄りは特に」
「気勢を張るのはやめておけ。己の弱さすら認められぬ人間が強がっても惨めになるだけだ」
「相手に言った事が自分に返ってくるのを、最近じゃなんて言うか知ってっか? ブーメランってんだ。アンタも色んな道具使えるたぁ驚きだ」
「くっくっくっくっく」
「あっはっはっはっは」
「死ねっ!」
「テメェがな!」
挑発に対し、挑発で返す。口調は軽くても内心は殺意がぐつぐつと。
天狗の怒号を皮切りに、人と妖のタイマンが開始する。
「手足をへし折れば生意気な口数も減ろうて!」
「はっ! 折られんのはテメェの鼻の間違いだろ!?」
スピードは自分が上。それを理解している天愚は先に仕掛けた。
南もまた速さで劣るのは解っている。今から遅れて動いても既に後手。
ならば迎え撃つ。スカジャンの内側に隠していたサバイバルナイフを構えた。
「ふん!」
「んぎっ!」
突き出してきた天狗の拳。南はナイフの腹で受けるも、体重差からの攻撃の重みに体が軋む。
加えて、生身の拳から鳴ったとは思えない不自然な金属音。
「鈎爪……!?」
鼠色に鈍く光る鋭利な三本の爪。天愚の右手に装備されていたのは鈎爪。有名な暗器の一つ。
様々な物を武器とする南も使った事がある。別名、猫手とも言われる防具としても使える代物である。
押し迫る鈎爪の切っ先が、きりきりとナイフの刃と擦れ合う。
「くくっ、所詮女。力も劣るな!」
「く、ぐ……その女に攻撃を受け止められて恥ずかしくねぇの、か!?」
天愚は猫又の猫削を喰らって大きく負傷している。体調はベストではないのに遅れを取る様子を見せない。元神の使いは伊達じゃない。
力負けし始め、鈎爪の切先が南の二の腕に触れるすれすれ。触れてしまえば爪を引かれて肉が裂かれてしまう。
「息、が……くっせぇンだよ!」
鈎爪が腕に触れる寸前。天愚の意識がそちらへ僅かに逸れたのを見逃さず。
南は天愚のどてっ腹へと、足裏で押し蹴るストンプキックをブチかます。
「ぬぐ、ぅぅ!」
「傷口抉られりゃそりゃあ痛ぇよなぁ!?」
後方へと吹っ飛ばされる天愚。
負傷している腹部への容赦無い蹴り。傷口に巻いている布が、さらに赤みが滲んでいく。




