穢神 後 -ケガレガミ コウ- 漆
どういう経緯でここに来たのかは分からない。だがしかし、この場に現れたのは事実。
なぜ、どうして、どうやって。頭に浮かぶ疑問は沢山ある。
先に坂を下りて帰った筈。なのに、なんで森林の方から出て来るのか。道に迷ったにしても、わざわざ森林に入る理由が無い。
ましてや森林の中で、上り道。別れてから歩いて来たにしては早過ぎる。
「あれ、なんで供助君と猫又さんが……」
「ね、ねぇ……あの黒いの、なに?」
向こうも状況が理解できていない様子で、祥太郎も供助と猫又の姿に戸惑いを見せる。
そして、和歌も。正面に存在する違和感と異物感に、身を一歩引く。
「あれは……!」
「皆、後ろに下がって! 早く!」
表情を険しくさせて、悠一と結花が前に立つ。
二人もケガレガミの異様さに気付き、庇うように身を乗り出した。
「ベツ、ノ、ニク……フエ……タ」
「ちぃ!」
予想外の展開に理解が追い付かない部分がある。が、やらなきゃいけない事はハッキリしている。
ケガレガミが悠一と結花の方へと顔を向けた瞬間、供助は走り出していた。
「クワセロォォォォォォォオオオッ!」
ケガレガミから伸びる触手。形は蛇。数は四。
呼吸はまだ完全に整っていない。それでも十分。走って壁になるくらいなら、十分。
「ぐ、く……っ!」
供助は両腕を交差させ、文字通り一身で受ける。
右腕、左肩、右腹、右太もも。四か所に牙を立てた蛇が、大きく口を開いてかぶり付く。
「ジャアアァァァ! マァァァッッ!」
「お、わっ!?」
噛み付いた蛇型触手はそのまま供助を持ち上げる。
そして、触手を大きくしならせて供助を高く投げ飛ばした。
「供助ぇ!」
自分の頭上を飛んでいく友人を目で追うも、太一は名前を叫ぶしか出来なかった。
遠くから聞こえる葉が擦れる音と、枝木が折れる音。自分達を庇ってくれた供助は森林の奥へと姿を消した。
「供助、今……」
「動くでないッ!!」
「ッ!?」
気付けば先頭に立ち、動こうとする太一を抑止する猫又。
「私とて守れる範囲に限りがある!」
「でもっ!」
「供助よりも自分の命を優先するんだの!」
突然近くに現れた獲物。若く新鮮な肉。それも複数。
抵抗し厄介な払い屋よりも狙いやすく、弱い。ならば太一達へ矛先を変えるのは必然である。
「残ってる妖力でどこまで凌げる……!?」
ここまでに多くの技を使った。篝火を使っていなくても、すでに妖力の大半は消費している。
それでもやらなければ。毛の先まで妖気を集中させる。
「ヨ、コセッ! ソイツラァァァァァァァァアアッ!」
邪魔者の一人は放り投げた。あとはお前だけ。
ケガレガミは供助を投げ捨てた触手を、空中から下方へと一気に突き刺す。
向かう先は当然、複数人の食糧。
――――パンッ。
「イギッ!?」
太一達まであと一メートルの距離で。襲い掛かろうとしていた触手が、破裂するように弾けた。
無表情。しかし、その眼光は切先の如く。猫又の鬼気迫る雰囲気に、ケガレガミは気圧され、たじろぐ。
「ここから後ろは私の領域だの」
地面に片膝をつき、両腕をだらんと脱力した独特な構え。
一定距離に妖気を張り、範囲内に入って来たものを反射的に貫き手で突く技。
「何一つ侵入させん」
その名も縲針。
黒猫の手爪が、穢れた黒神の邪手を裂く。




