穢神 後 -ケガレガミ コウ- 陸
「ヤメ……ロ……! オ、マ……オマ、エノ……!」
「―――――ッ!」
やめない。止めない。止まらない。
しかし、肺に残ってる空気はあと僅か。あと数秒で限界が来る。
だが、ケガレガミが弱々しくなっているのは解る。声に焦りの色が見え、体の再生が追い付いていないのがその証拠。
ならば、最後にドでかいのを一発お見舞いしようと、供助は利き手である右手に霊力を集中させる。
これを顔面にぶち込めば怯むはず。その間に――――。
「猫又ッ! 続けて攻めろ!」
霊力を凝縮され集中された右手からは、その圧縮率から耳鳴りのような甲高い音。
ケガレガミにとってウォーハンマーに匹敵する凶器を、供助は全力で振り被る。
「ニクヲ、ヨコセェェェェェェェェ!!」
「チィ……ッ!」
強力な一撃を狙った僅かな隙を突かれて。
供助の右腕へと触手が絡まり、ケガレガミに当たる寸前で防がれた。
「くそ、こ、のっ!」
力んでも力が入らず、もう肺は空気を欲している。
ケガレガミは再生途中の歪な口を開け、じわじわと引き寄せられていく。
「ダメ、か……!」
来たる限界。ぶはっと大きく息を吸い、体の力が緩んでしまう。
一口で食われて死にはしないが、それなりの怪我はするだろうと腹を括る。
「あ?」
が、何故か。右腕に絡まっていた筈の触手は、気付けば消えていた。
何が起きたのか。それはケガレガミもまた、理解出来ずに固まっている。
「供助!」
その隙に体力が回復した猫又が供助を抱え、一旦ケガレガミから離れる。
「大丈夫かの!?」
「はぁ、はぁ……あぁ、なんとかな。それより、腕に絡んでいた触手を消したのお前か?」
「私ではないの。供助が何かしたのではないのか?」
「いや、気付いたら無くなってた。てっきりお前かと……」
「私が見ていた角度からでは、供助体に隠れて右腕は見えておらんかった。ただ、なにか風船が弾けたような音がしたの」
「風船……?」
猫又ではない、だとしたら、どうして触手が消えたのか。
供助は怪訝に思い、しかし、どこか。心当たりが……何かが頭の中で掠っていた。何かを、掴みかけていた。
「供助、まだ行けるの?」
「ああ、体力の多さが俺の自慢だ。息さえ整えればまだ行ける」
「私の妖力の残りも多くないが、それは奴も同じ。もう一度チキンレースと行こうかの」
「俺ぁチキンよか豚が食いてぇ」
「私は牛かのぅ。いや、ラムも捨てがたい」
軽口を言いながら向ける視線の先には。
「グ、ギグ、グ……キキギキ……ナニカ、ナニ、ヲ、ニク……ヲヲヲ」
苦しむように体をうねうねさせる、ケガレガミの姿。
チキンレースの決着がつく崖下はもうすぐ。
落ちるのは自分か、敵か。あと一度スロットルをフルにすれば結果が出る。
――――――ガサッ。
「おっ、なんか広い所に出たぞ」
戦闘は最終局面。出し惜しみなく全力を出すだけ。
だが、前触れも無く、いきなり林の中から現れたのは。
「太一っ!?」
先に帰ったはずの太一達だった。




