穢神 前 -ケガレガミ ゼン- 参
串刺しで“へ”の字で宙ぶらりになった姿に、天愚は一笑。
辺りに響き渡る猫又の悲鳴……悲鳴?
「なーんちゃっての」
――――ぼふん。
天愚の真ん前。目前。目と鼻の先。
突如上がった煙の中から現れるは猫又。
「な――ッ!?」
猫又の技の一つに、炎で自分の擬態を作る技がある。その名も『火替』。
ケガレガミの壁で天愚の視界から陰れた瞬間。猫又はそれを上空に配置させていたのだ。
その後にすぐ猫化し、デコイへ気を逸らして接近する。供助も南も自身も、全てが囮。
「ケガレガミ! こちらに触手を戻せ!」
「させるかよ」
「残念、手は打ってンぜ」
供助は近くの触手のありったけをまとめ、がっちりと掴む。
そして、南がおもむろに見せるは数本の釘。先ほど南へと攻撃を仕掛けた触手には、引き戻せぬよう地面に釘を刺されていた。
無論、猫又の火替も擬態のみで終わらない。元が炎。貫通させた触手は擬態から一気に火が燃え伝わり始める。
燃える炎の明かりに照らされるは、猫又の両手の長く伸びた爪。
「猫――」
「ケガッ……!」
身体は大きく海老反りさせ、両手を後頭部まで振り被り、妖気で爪を研ぎ澄ませる。
妖気を溜めに溜めた本気の一撃。両腕を一気に振り下ろす。
「――削ッ!」
――――ぞっ。
痛々しく、生々しい音。肉を抉り取る音。
「ぐぁぁぁぁあっ!」
血飛沫が勢い良く飛び散り、大きな傷の痛みに絶叫する天愚。
その凄まじい威力と衝撃の余波で、猫又の体は縦に回転して宙に舞う。
猫又の猫削が決まり、天愚の身体を確かに切り裂いた……が。
「密度を上げて硬度を高めたか。今ので決めたい所だったのぅ」
宙で逆さまの状態で、猫又の視界に入ったのは。
ケガレガミの体を胸周りに巻きつかせて硬化し、天愚は致命傷を避けていた。
しかし、元が柔ければ固めるにも限度がある。猫又の爪撃を完全人は防げず、天愚の右肩から左脇腹にかけての大傷。多量の血が滴っていた。
「……む?」
また空中の時を狙わるぬよう、ケガレガミに視線を移した時。猫又の目にある物が目に入る。
「南ッ!」
「おッス!」
天愚とケガレガミの体が繋がっているのを見逃さず。供助は掴んでいた触手の束を思いっきり引っ張り、得意の力技で体勢を崩させる。
南はスカジャンの内側に隠していたサバイバルナイフを逆手に持ち、供助の声を合図に駆け出した。
ケガレガミの触手で守られているのは胸周りのみ。怪我を負って動きも遅い。狙うは今。取るべきは首。
「くたばれ」
「ち、ぃ!」
南が天愚の目の前まで迫った直前。
あとは手を伸ばせば刃が届く……が、しかし。そこまで接近した所で。
南の視界から天愚の姿が消えた。
「ッ!?」
いや、正しくは消えたのではない。消えたと錯覚してしまった、その理由。
奴は消えたのではなく、体に巻き付いていたケガレガミが上に伸びて上空に移動したのだと。南はすぐに気付いて頭上への警戒から眼前への警戒へと切り替える。
その選択は正解だった。なぜなら敵は天愚だけではない。目の前には触手を突き出す寸前のケガレガミが居たのだから。
刹那、まるでウニのように四方八方へと触手の針を爆発させた。




