穢神 前 -ケガレガミ ゼン- 弐
「猫又、奴が出てきたあの奥。まだ他に匂いはするか?」
隣に来ていた供助の問いに、猫又は少しの驚きを見せた。匂いを嗅ぐという小さな行動に気付いた供助に、というのもある。
が、それ以上に。そして、思わず。僅かに笑みを零してしまう。
「猫又?」
「いや、奥からは子供の匂いしかせん。ここいら周辺にいる妖怪は目の前の二体だけだの」
「そうか。さっさと片付けるぞ」
「言われんでも」
なんだかんだで、結局は。面倒臭がっていても、本当は。
面倒だと、関係ないと悪態をつこうとも。しっかりと子供の安否を気にする天邪鬼。
供助の人なりを改めて感じた猫又は、俄然やる気を出すのであった。
「南は左! 俺は右で触手野郎の攻撃を散らす! 猫又は鼻だ!」
「ッス!」
「承知ッ!」
供助の指示通りに各自が走り出す。左翼は南、右翼は供助。猫又は直進。
相手が手数でくるのなら、こっちは人数で攻める。
「カカッ! 馬鹿正直に大声で言えば意味がなかろうて!」
その通り。大声で言えば当然、天愚にも丸聞こえ。
供助の愚直さに笑いを堪えず、左手の数珠へ念を込める。
「グァァァァァァ!」
苦しみ藻掻く絶叫にも似た雄叫びをあげて。
ケガレガミは左右へと大量の触手を伸ばし、雨のような攻撃が降り注ぐ。
「しゃらくせぇ!」
「よっ、ほっ、はっ、と」
襲い掛かる大量の触手を供助は片っ端から殴り落して進み、南は器用に間を縫って進む。
二人が注意を引いている隙に、低姿勢を作って疾走する猫又。狙うは天愚の首。
「ケガレガミッ! やれぇ!」
既にバレている作戦の対策など容易いと。天愚は薄ら笑みを浮かべ命令する。
「グウゥゥン!」
唸り声と共に、猫又の面前に現れるは巨大な壁。
ハエトリグサよろしく猫又を一気に飲み込べく、大きく広がった壁の内側には数多の棘。
しかし、勢いに乗った猫又の速度は落ちない。落とせない。
否、落とす必要は無い。
――――ザンッ。
肉が切れるような音。嫌な音。次に、痛みからの苦痛の声。
「グゥィギィ!?」
ケガレガミの悶絶の声が響く。切れた肉は猫又に非ず。
横一線に白く光る何かが、黒い壁を見事に切り裂いていた。
「ぬうっ!?」
予想外の事に天愚の理解が遅れる。
完璧に飲み込んだと思った。完全に仕留めたと思った。
なのに、それなのに。目の前には根元近くから切り離される肉壁。
「はっ、馬鹿正直に信じてくれてあんがとよ」
不意に聞こえてきたのは南の声。
天愚はここで理解する。壁を切ったのは正体はこれだと。
南の手には一本の細い紐。さらにはその紐の先は――――。
「喧嘩も麻雀もブラフがあってなんぼだ」
供助の右手。分銅に付けられた紐を互いに握り、強く引っ張る。したのはそれだけ。
元々強度は低いケガレガミの触手。それが大きくなろうと、南が加工した霊具に供助ほどの強力な霊力を通したのならば、粘土を釣り糸で切り落とすように簡単だった。
そして、根本と切り離された壁は大きな音を立てて地面に倒れると。そこに猫又の姿は無い。
「だが甘い! ケガレガミ、上だっ!!」
だが、天愚は供助達の狙いを即座に気付いて上を見やる。
そこには空中で爪を伸ばした腕を構える猫又の姿があった。
「グギギ、グゥゥゥウッ!」
首を真横にゴキゴキと鳴らし、曲げた直後。
割れた頭から延ばされる鋭い触手が、宙で身動きを取れない猫又を――――。
「猫又ッ!」
「猫又サン!?」
容赦なく腸を突き刺した。
「ぬわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




