枯愚 -ラクゴシャ- 肆
「今までに人を喰らっていたのなら、今の攻撃など容易に回避されていた筈だの」
「何を言っている。貴様のぬるい攻撃など……」
「頬の傷にすら気付かんか。その鈍感さと傲慢さが山を追い出された原因だったのではないか?」
「むっ!?」
言われ、そこで初めて頬に小さな切り傷があるのに気が付く天愚。
僅かに滲む血を親指で拭い、猫又を睨み付ける。
「共食いをするような気狂いにも見えん。実力も志も中途半端。武具が無ければ脅威ではないの」
「たかだか掠り傷を付けた程度でいい気になるな……!」
「そのたかだかの傷にも気付かん奴に何を言われてものぅ」
「長生きしてるだけの猫ごときがッ!!」
過去の栄光に縋り、それを自分の実力だと勘違いしただけ。
これは滑稽だと猫又は小馬鹿にして鼻で笑った。
激高する天愚の、狭まった視界。その外から襲うは無数の釘。
「ぐううっ!?」
「女一人に気ィ取られ過ぎだ」
「小娘ぇぇぇぇ!」
「おっと、だから女に気ィ取られ過ぎだぜ、オッサン」
防御の為に前に出された腕と、肩。刺った釘の痛みと怒り。
天愚は釘を抜き取り、南へと咆哮を上げた所を狙って。
「ご、ぉ……!?」
気付けば脇腹にめり込む拳が一つ。
とんでもない鈍痛。体を杭が貫通したかのような感覚。
「なら、人の味を知る前に祓わせてもらう」
猫又の奇襲と挑発。南の足止めと目くらまし。
その間に接近を許し、供助の鉄拳が容赦無く腹を抉る。
「――ぜ!」
さらにもう一撃。左拳のボディブローから続いて、顔面へと右のストレートがぶち込まれる。
「ぶふっ!!」
渾身の一撃。改心の入り具合。利き手に確かな手応えを感じた供助。
見事なクリーンヒットに、大きく吹っ飛ばされる天愚の体は。
宙を飛んで微かな血飛沫を残し、地面に転がって倒れた。
「っかー、すンげぇ威力」
供助が繰り出した二連撃を見て、南は感嘆する。
霊力の総量が少なく肉弾戦が不得手だからこそ解る、その威力と霊力の凄さ。
底知れぬ霊力を存分に纏い固めた拳での攻撃。圧縮密度は半端ではない。
「やはり中々の手練れ揃いか。くく、そうでなくては困る」
しかし、堕ちても元神の使い。強力な拳撃を喰らった天愚だったが、追い打ちを仕掛ける前に立ち上がった。
しっかりダメージは与えており、唇の端からは血が伝い、片目は充血。が、ご自慢の鼻は立派なまま。
天愚は顎から垂れ落ちる血を腕で拭い、供助達三人を睨みつける。
「やせ我慢はやめとけ。額の脂汗が隠せてねぇ」
「効いてるのは否定しない。だが本心だ。弱くては意味がない」
「意味だぁ?」
「強ければ強いほど、喰らった時にそれだけ俺が強くなるという事」
「その強ぇ俺等に負けるたぁ考えてねぇ訳だ」
「貴様は考えるか? 自分が負ける事を」
「考えねぇな」
「同じ事だ」
「同じ? 違ぇだろ」
口調は普段通り。どこか怠惰的で、緊張感の無い声色。
しかし、表に出さない感情の奥には揺るぎない闘志と、人を喰らおうとする妖への憤怒が燃え盛る。
「てめぇは傲慢で、俺は覚悟だ」
供助が醸し出す雰囲気で周囲の空気がひりつき、強張る。




