枯愚 -ラクゴシャ- 参
「なるほど。なるほどなるほど。なるほど。そこまで調べがついているとは恐れ入った」
再度、天愚は顎の髭を摩る。
半ば笑いを含んだ喋り方。なのだが、怒りの気配は消えていない。いや、むしろ……。
「だが、あんな神もどきに仕えていたと思われるのは気分がよくない」
「お前はケガレガミと何をしようとしておる?」
「この街では今。土地神を奉る祭りが行われている。今年の土地神は夫婦神でな、知っているだろう?」
「……話が見えんの」
くつくつと、小さく肩を震わせて笑う。天愚は笑う。
笑って、思い出して、笑ってしまって、思い出させられて。
「俺を堕とした神も夫婦神だった。綺麗事ばかり吐き、山を汚す人を罰さず、居るだけの役立たず……腹が立って仕方ないっ!」
笑いから一転。怒りの形相。
天を仰いで吐露するは、溜まりに溜まっていた怒り。
「武具を取られ、羽を落とされ、山をも追い出された俺が……今までどれだけ惨めに生きて来たかっ!」
青筋を立てて叫ぶ天愚は、積もり積もった恨み辛みを撒き散らす。
「堕とされ彷徨っていると、この街に封印を解かれた紛い物の神が居ると聞いたではないか。それを利用しない手はないだろう?」
そして、最後は薄ら笑い。ようやく復讐が叶うと愉悦を含んで。
この街の神様にとっては逆恨みもいい所だ。夫婦神という共通点だけで、このような事件を起こされているのだから。
「筋違いもいいとこだの。この街の神に同情する」
敵の小さい器に侮蔑の視線を向け、小さく鼻を鳴らす猫又。
「しかし、こうも調子良く事が運ぶとは。一匹邪魔がいるが、質の高い祓い屋が二人。つくづく運が向いている」
天愚が見やるは二人の払い屋。人間である供助と南。
「前に聞いたぞ。霊力の高い者、祓い屋を喰らえば力が増すと」
「――ッ!」
「貴様ら二人を喰らえば……俺の力はさぞや上がるだろうなぁ」
目を見開く供助。無意識に軋む奥歯と拳骨。
“人を喰う”――――この言葉。この言葉が、供助の感情を逆撫でた。
「……おい」
「ん?」
「お前、人を喰ったのか」
声色は静かで、抑揚もない。無表情に近しくも、その奥に潜む憎悪。
静かな様子の反面、張り詰める空気。供助の隣に立つ南の背中には、一粒の冷や汗流れた。
「だとしたら?」
「そうか」
――――パァン!
供助は深呼吸をして、高ぶる気持ちを落ち着かせ、おもむろに。
右拳を左手に打ち込み、気合を入れる。
「――では、妖を喰らう妖怪は知っているかの?」
「むうっ!?」
供助の行動に気を取られた一瞬。
背後から聞こえてきた猫又の声に、天愚は意表を突かれる。
刃物以上の切れ味を持つ鋭爪が、天愚の顔面を狙い澄ます。
「ちいっ!」
背後に忍んだ敵意を察知し、天愚は咄嗟に首を捻って回避する。
そして、相手が近付いてきた機会を逃さんと、躱し際に天愚も裏拳を振るう。
「ふむ。腐っても天愚、か」
が、苦し紛れに近い攻撃。そんなものに当たる猫又ではない。
後ろに身を引き、そのまま距離を取る。
「奇襲を仕掛けておいて話しかけるとは未熟だな。奇襲の意味を解っていない」
「今のは権勢……ま、小手調べみたいなものだの」
「ふん、調べてなにが解った? 俺との実力差か?」
「そうだのぅ、お前が人を喰らった事が無いのは解った」
「――ッ」
猫又は攻撃を仕掛けた自身の右手を一瞥し、小さく手を払う。




