第八十八話 枯愚 -ラクゴシャ- 壱
「大丈夫かの、供助。太一達をあの二人と一緒にさせたままで」
「確かになんか引っ掛かる気がするが、多分大丈夫だろ」
「根拠は?」
「和歌は今も魔除けを施されたキーホルダーを持ってる筈だ」
「なるほど。何か霊的な危害があれば、それが守ってくれると」
「あぁ。太一と祥太郎も不巫怨口女の件で貰ったお守りも持ってる。簡単には手出しできねぇだろ」
昔、供助の両親から施してもらった和歌の魔除けのキーホルダーと、以前の依頼で保護用に渡された太一と祥太郎のお守り。
これらがあれば、悪霊や妖怪からある程度は守ってくれる筈だ。
「しかし、結界内というのもあってか妙な感覚だの」
隠していた猫耳と二本の尻尾を顕わにし、ピクンと耳を動かす猫又。
周りに民家は無くなり、あるのは森と砂利道。静寂が広がるのに、その静けさが逆に気持ち悪い。
静かな時はキンと耳鳴りがするものだが、それがない。代わりにあるのは、新幹線でトンネルに入った時のような、耳がむわっとする感覚。
「しかも、この結界……なかなかの代物だの」
「猫又サンも気付いてたか。人除け用の結界だ。明確な意思が無いと素通りしてしまうような、気を逸らす細工がされてらぁ」
「侵入を阻むのではなく、気付かず感じず近寄らせない。だからか、ここまで広範囲の結界でも私達が気付けなんだのは」
「気付かれたくはない。けど、侵入は許す。中途半端な効果……なーんかキナ臭ぇな」
「何か狙いがある、という訳か。なんにせよ、ここに妖怪が居る事だけは確定だの」
人除けの結界と、その結界内に漂う妖気。三人はいつ戦闘になってもいいように、ギアを一段階上げていく。
気付けば土が多めの砂利道は、砕石が敷き詰められた道へと色が変わった。
山といっても大層なものではなく、大きめの丘と言った方がしっくりくる。
悠一達と別れて五分ほど。削られて露出した土壁が目立つ、拓けた場所に着いた。
工事現場の入り口には立ち入り禁止の工事看板と、カラーコーンに虎柄のコーンバー。
ガチガチに閉鎖されている訳じゃなく、簡単な処置で設置されただけ。通路の端に寄れば十分に通れる隙間がある。
「……いるな」
「上手く隠してまスが、妖気を感じるッスね」
目だけを動かして、周囲の状態を確かめる供助。
工事現場は結構広く、ダンプやパワーショベルなどの重機が何機か置かれてある。
視界の右半分は作業途中の削られた山肌があり、対面には生い茂った森が見える。
山の斜面をL字に削って住宅地を作る計画なのだろう。この辺りは特に妖気が濃く、何かが近くに居るのは間違いない。
警戒しながら歩みを進め、工事現場の中央付近であるものが目に入った。
一番奥の掘削途中の断面。その根元。そこに周囲とは異なった点がある。
「あそこだな」
数十メートル先。重機やダンプといった建設機械に混ざって。
現場の入り口にもあったカラーコーン。それが半円を描いて一定間隔で数個置かれており、虎ロープが結ばれいた。
工事現場では見慣れたもの。しかし、ああも隙間なく仕切っていると返って異様さを醸し出す。
「あそこに例の鳥居があんのかどうかってぇのは……」
供助が僅かに目を細めた瞬間。
ぎらり、と。闇夜の中で白い一線を描く光り物。
黒が占める視界に紛れ、供助の背後に突如現れた影によって。
銀刃の一閃が供助の頸動脈を切り裂く。
「お前に聞きゃいいか」
――――寸前に。
供助は刀の峰の部分掴み、奇襲を防いでいた。
「ほう、勘が良いな」
背後から聞こえる、初老を迎えた男性を連想させる声。
「こいつ等も」
供助が相手の動きを止めさせた一瞬。それを逃すまいと。
交差して振るわれる爪撃とサバイバルナイフ。相棒の二人は既に動いていたのだが。
「む」
「ちっ」
それも悟られ、敵は躊躇なく得物を手放す。
瞬時に大きく飛んで回避し、数メートル離れた場所に着地した所へ。
「ふっ!」
お返しと言わんばかりに。
残していった刃物を、供助が全力で投げた。
「おまけに油断もない。雑魚ではなさそうだ」
しかし、それも見てから躱し、品定めするように一瞥してくるその妖は。
「ふむ、傷一つでも付けれれば儲けものだったのだがな」
慎重は170センチ程か。肩まで伸びた白髪に、モミアゲから鼻下、顎へとつながって伸びた髭。
褐色肌で一本下駄を履き、灰色の鈴懸。さらに黒い羽織。
何よりどれより、一番目が行くのは――鼻。長く伸びた鼻。
それは、その者の特徴であり、正体であり、答えである。




