贄歌 -コロリヨ- 陸
「おい悠一、急ぐのは解るけど焦んなって」
「わかってるよ」
「わかってねぇから言ってんだ。結花ちゃんを置いてく気か?」
「……悪い」
駆け足で階段を下っている悠一の足が、太一の声で一度止まる。
振り返れば、少し息を切らせて追いついてくる彼女の姿が目に映った。
「その工事現場って遠いのか?」
「ここから歩いて三十分は掛かる」
「地味に遠いな」
階段を下るスピードを落として、結花に合わせて悠一と太一が並ぶ。
その後ろに他のメンバーがついて歩いている。
「三十分……面倒臭ぇ」
「アルコールが入ってなかったら、あたしが車を出せたんスけどね」
「しょうがない、道中でコンビニ寄って飲みながら行くかのぅ」
「まだ飲むの気か、お前ぇは」
「お、一人じゃ寂しいだろうから付き合うぜ、猫又サン」
面倒臭がりが一人と飲んだくれ二人。
先頭を歩く二人に比べて緊張感が無いったらありゃしない。
……が。
「――――ッ!」
三者三様。否、三者一様。
供助、猫又、南。その三人が気付き、感付く。
神社の階段を下り切り、鳥居を潜って道路に出た瞬間。
その場にあった妖気の残滓を、払い屋達は見逃さない。
「ん? 供助?」
「太一、先に行っててくれ。」
「……忘れ物か? わかった、先に行ってる」
太一は察する。詳しく話さずとも、この三人が同時に立ち止まる理由を。
祥太郎と和歌も同じく。悠一と結花に悟られぬよう、二人には適当な理由を話して先を進んでいく。
「少しだがあるな、妖気」
「ッスね。けど、この残り方……」
「あぁ、妙な残り方だ。普通ならこんな残り方はしねぇ」
「明らかに足跡消しが行われてまス。恐らく、この中途半端に残してんのもわざとッスね」
南の言う通り、意図的なものを感じる。むしろ、妖気を消すのが目的にしては雑過ぎる。
例えるなら床に零した水を、乾いていない雑巾で乱雑に拭き散らすような。
綺麗に全て拭き取るのではなく、広く薄く散らして自然に乾くのを待っている。そんな感じだ。
あえて範囲を広くして僅かに残す事で、逆に絞りにくくしているしているのだろう。
「厄介だな」
「厄介ッスね」
残った妖気を辿って対象を探すのが難しい、という意味ではない。
このような行動を取る程の知性を持った妖怪が相手かもしれない、という事が、だ。
「どうだ、猫又」
「うむ。妖気の残滓に人の匂いも混ざっておる。子供が消えた母親に似た匂いだの」
「どこに行ったか解るか?」
「匂いも上手くぼかされておる。そこまでは解らん」
猫又は目を瞑って顎を上げ、嗅覚に集中させる。
だが、それでも匂いを嗅ぎ取るのが精一杯で、方向までは判別できなかった。
妖気と同様、匂いもまた薄く広範囲に伸ばされている。嗅ぎ取れるのに嗅ぎ分けれないのが煩わしい。
「匂いを頼りにすんのは無駄か」
「だが言ってしまえば、裏付けが取れたと言えよう。このタイミングで僅かに残された妖気と匂い……単なる誘拐事件ではないの」
「一気に嫌な予感がしてきた。面倒臭ぇ」
「そう言うでない。屋台で奢ってもらったであろう」
「高かった牛タン串も奢らせりゃ良かった」
何を言ってももう遅い。今からペンションに帰るにも太一達はもう行ってしまった。
無視できない位に、あの二人と仲良くなってしまった。供助の背中は丸くなり、大きな溜息が漏れる。
「しっかし、なんで今になって妖気を感じた? 薄いとは言え、この位だったら飯食ってる時でも気付けた筈だけどな」
「古々乃木先輩、多分ッスけど……」
南は数歩後ろに戻り、鳥居の下へと移動する。
「やっぱり。鳥居を潜って神社の敷地内に入ると、外の妖気が感じないッス。猫又サンのも」
「結界か? けど、妖怪の猫又は中に入れたよな?」
「侵入妨害じゃなく、気配遮断の類かもしれないスね」
南はスカジャンのポケットに手を入れて、鳥居を見上げる。
「しょうがねぇ。とりあえず太一達を追うか」
「ッスね」
「猫又、コンビニ酒は無しだ」
「うえー? まぁ、仕方ないかのぅ」
唇をツンと尖らせて、しょぼくれる猫又。
ここまで状況が動いていて、何も起きないとは考えにくい。
いつでも動けるよう三人は、エンジンをゆっくりと温め始めたのである。




