第八十六話 贄歌 -コロリヨ- 壱
「子盛り歌、ですか?」
発音は同じ。しかし、文字に違いがある。そして、そこから不穏さが漂う字面。
結花は薄っすらと眉間に皺を作り、猫又へと聞き返す。
「改めて歌詞を読み直してみて、所々に本来の子守歌とは違いがあったろう?」
「はい。“よいこはねんねしな”の所が“こよい”になってます。他にも数か所、少し違いますね」
「うむ。前に東北の方へ行った時に、似たような資料を見た記憶がある。誰か、紙とペンを持っとらんかの?」
「あ、私あります」
結花は膝の上に置いていた巾着袋から、メモ帳とペンを取り出した。
「何せ何年も前の事だ、うろ覚えではあるが……っと、確かこのような意味であった筈だの」
猫又はさらさらと文字を綴り、書き終えたメモを結花へと見せる。
『年々 殺りよ 殺りよ
坊やは 今宵だ 年々品
坊やの重りは 度を行った
あの山越えて 夜頭へ行った
里のみやげに 何もろた
泥々な対価に 少の不会』
書き直された歌詞には、不吉な文字が並んでいた。
その文字並びを見ただけで非道徳的な内容だと予想できてしまう。
「これは子守歌に模した隠喩の歌での。まず一行目。“年々”は歳を表し、年が二つ、つまり二年。“殺りよ”はそのままの意味だの」
猫又はメモから手を放し、パイプ椅子の背もたれに寄り掛かる。
シラフで話すには気が重いと、近くにあった缶ビールを手に取って人差し指をプルタブに掛ける。
「“年々品”は二年の品。その歌詞の前には“坊やは今宵だ”」
「……年々品の意味は、二歳の子供」
「そう。とどのつまり、生贄だの」
「――ッ!」
結花の表情は悲痛なものになり、下唇を噛みしめる。
悠一も同じく。予測、予感、予想に……いや、収集された情報から割り出された答え。
二人は思っていた以上に危うい状況だと気付かされる。
「“度を行った”というのは体重が基準に達した。“夜頭”は生贄を捧げる妖の事」
プシュ、と。缶から抜ける気泡の音。
「あとは簡単。代わりに多少の間、妖は人を襲わない。という意味の歌だの」
一通りの説明を終え、缶ビールを口に付けた。
ビール特有の苦みが口に広がる。
「猫又さんは東北で見た資料で子盛り歌を知ったんですよね? でも、ここは東北からだいぶ離れた所なのに、なんで同じ内容の書物がここに?」
「このような生贄をする風習や儀式というのは昔はチラホラあっての。他の地域から流れてきた民間伝承が使われるというのも珍しくはない。たまにあるであろう? 全く違う地域なのに、似たような古事や昔話が伝わっているというのが」
手に缶ビールを持ったまま、再度パイプ椅子の背もたれに寄り掛かる猫又。
昔は珍しくない風習だった。昔は。しかし、今は違う。そんな風習があってたまるか。
猫又は微かに目を細め、悠一が持ってきた書物を見つめる。
「そして、気になるのは何故今になって子盛り歌が聞こえ、子供が神隠しになるのか。関連性はなんだの……?」
子盛り歌はあくまで人が作った生贄の歌であって、子供が神隠しに合うのとは関係が無い。
生贄を捧げるのは人為的なもの。いきなり人が消えるといった内容は含まれていない。
「神隠し、ねぇ。明日居なくなる神様が一人で寂しいからって攫ってるってか?」
「そんな訳ないでしょうっ!?」
冗談を言った供助に、結花は叫んで否定する。
立ち上がった勢いで椅子は倒れ、いきなりの事に全員の視線が結花に集まった。
「……ごめんなさい。怒鳴ってしまって」
数秒後、結花はハッと我に返り、申し訳なさそうに謝った。
「供助も無神経だぞ。結花ちゃんの気持ちを考えろよ」
「……あぁ。悪かった」
太一はさすがにと思い、供助の脇腹を肘で小突く。
供助は少し低い声で謝りつつも、何かを探るように結花を見つめていた。




