童謡 -コモリウタ- 参
「でも、私と悠一が町を捜し歩いていた時は、歌が聞こえたなんて話は耳にしなかったのに……」
「警察が事件の情報を公にする理由は二つだの。ある程度広まっても問題ない所まで犯人が絞り込めている。または……」
「情報を開示して周りから聞き込みをしなきゃいけない程、進展が詰まっている……ですか」
「そうなるの。それ程に神隠しの件は難航している、という事か」
「でも、ここに居たのに私は何も……」
「む? どうかしたかの?」
「あ、いえ、なんでもないです」
「……?」
不安や心配とは違う、別の感情。
結花は怪訝そうに、納得いかないといった表情を浮かべる。
「おーい、借りれたぞ! 確かこの書物だ!」
祭りの賑やかさを掻き分けるように、悠一が息を切らせて戻ってきた。
そして、その手には一冊の古びた本が握られていた。
「速いなおい!?」
「それだけ急いできたんだよ!」
悠一が走って行ってから、ものの数分。あまりの速さに太一が突っ込んでしまうのも無理はない。
それよりも書物を借りてこれた事の方が驚きである。
「それによく借りてこれたな。しかもこの短時間で」
「そこはまぁ、色々と裏技でな」
悠一は息を整えながら太一に答え、書物を広げるスペースを確保すべくテーブルの食べ物を除けていく。
「どこだっけかなぁ、前は流し見だったから……」
書物を開き、関連性のある単語だけを探してページを素早く捲っていく。
それを後ろから眺める太一達と、酒を飲みながら少し遠目で見ている猫又と南。
「あった、これだ!」
半分あたりにいった所で、悠一の手が止まった。
「江戸時代……この辺りの地域で歌われていた、“こどもをあやすうた”」
開かれたページの上部。悠一が指さすそこに書かれていた言葉。
かなり昔に作られた書物だけあって所々が擦れてはいるが、読む分には問題ない。
それに内容は江戸時代のものだが、書物自体はその後の年代に記されたものらしく、比較的に現代に近い文字で記されている。
「でも、これって……」
「普通の子守歌、だよね」
開かれたページには見開きで、童謡の歌詞が綴られていたのだが……。
悠一の後ろから覗き見る祥太郎と和歌が、予想とは裏腹に見覚えのある歌詞に感想を漏らした。
「ねんねん、ころりよ、ころりよ」
「ぼうやはこよいだ、ねんねんしな」
特に変わり映えのない、誰もが耳にした事があるだろう子守歌。
悠一と結花が歌詞をなぞって口ずさむが、よく聴く取り留めの無い童謡だった。
「これが今回の神隠しに関係あんのか? ただの子守歌じゃねぇか」
「何か関係があると思ったんだけど……」
肩透かしを食らって落ち込む悠一を尻目に、率直な意見を言う供助。
皮肉でも嫌味で言った訳でもない。思った事を言っただけ。
しかし、供助が言った事はその通りで、ここに居る誰もがただの子守歌にしか思えなかった。
「……むっ!? ちょっと待て。よく見せてもらっていいかの?」
が、一人を除いて。
猫又は何か思う所があったのか、悠一の返事を待たず食い入るように書物を読み始める。
人差し指でなぞりながら、ゆっくりと。
「まさかとは思うたが、やはりこれは……っ」
読み進めていくにつれて、猫又の表情は険しいものになっていく。
「猫又さん、何か分かったんですか?」
「結花、これに書いてある歌詞をちゃんと見てみるんだの」
聞いてきた結花が見やすいように書物を回転させ、それに合わせて他の者も覗き込む。
『ねんねんころりよ ころりよ
ぼうやはこよいだ ねんねんしな
ぼうやのおもりは どをいった
あのやまこえて やとへいった
さとのみやげに なにもろた
でいでいなたいかに しょうのふえ』
書物に記された子守歌の歌詞。
興味無さげな供助を除き、全員が歌詞を音読していく。
「あれ? 所々の歌詞が……」
「うむ。本来の歌詞とは僅かに違いがある。子守歌ではなく、これは――」
酔いは冷め、赤みを帯びていた顔には陰りが作られ。
猫又が繋げる言葉は。
「――――子盛り歌だの」




