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      御祭 -アラタガミ- 肆

「神官や巫女でも無い一般人でも神様への信仰を表せれるようにと、祈祷を簡単なものにしたというのは昔からよくある」

「でも、なんでそれが折り紙に……?」

「言ってしまえば当て字だの。結花の話の通りなら、この神社に神が来る。神が降りる。つまり『降り神』と『折り紙』を掛けた訳だの」

「なるほど。言われてみればなんかしっくりしますね。ダジャレみたいですけど」

「ダジャレのようであるが、一口に馬鹿には出来ん。神様とご縁がありますように、と言って賽銭で五円玉を入れたりするであろう?」

「あ、やります。十円だと遠縁になるから避けた方がいい、とか」

「本気で信じている訳ではないが、そういう小さな信仰も多くの人がすれば大きくなる。チリツモ、ってヤツだの」

「そっか……私も知らない内にやってたんだ」


 簡略化して手軽く簡単に。言葉で聞けば蔑ろにしているようにも聞こえるが、そうではない。

 地域と環境と、時代の変化。人が変化するように神様も変化する。簡略化が必ずしも悪いものという訳では無い。

 なによりも一番の不敬は神様への感謝を忘れてしまう事なのだから。


「あとは神に祈る、祈り神、折り紙……てな感じの意味もあるんじゃなかのぅ?」

「すごい、全部当たってます。もしかしてネコマタさんって民俗学とか学んでるんですか?」

「いんや。ただ、ブラブラと旅していた時期が長かったからの。行き先でのこういう伝承などはよく耳に挟んでおった」


 結花は猫又の博識さに素直に驚く。

 猫又は供助と出会うまでは一人で全国を旅していた。その際に立ち寄った地域ではこういう類の話を探し集めていたのだ。

 自分が探しているのは妖を食らう、共食い。人とは異なる存在である以上、地域の伝奇や伝承から奇妙な噂まで。耳に入れておけば何かに繋がるかもしれないと調べていた。

 なのである程度の情報があれば、大体は自分が持つ知識から導き出すくらいの芸当が出来るようになっていた。


「祭りは一日目が前夜祭で新神をもてなす為に場を賑やかにして、二日目が迎える準備。三日目が儀式を行って新神を神社に就任させるんです」

「三日間掛けて新人の神様を迎えるとは、結構大掛かりな祭りだのぅ。という事は明日が新神を迎えるのか」

「そうです。明日の正午に新神を迎える儀式を行って、その後に一年の感謝を込めて前の新神を送り出して祭りは終わります」

「新社会人が長い研修期間を終える感じかのぅ?」


 猫又は片手で新しいビール缶を開けて、焼き鳥を一口頬張ってから喉を鳴らす。

 味付けが濃い物にはビールが合う。一気にほぼ半分飲んでから缶から唇を離した。


「あ、これ南っ! 一人で唐揚げばっか食うでないっ! まだ私は一個も食べてないんだの!」

「そう言うなら猫又サンのタコ焼きもくれよ。トーカコーカンってヤツだ」


 酒飲み組は祭りの風情もクソも無いこの二人。

 祭りを公で堂々と酒が飲める都合の良い理由くらいにしか思っていなさそうだ。

 そんな話題に困らず盛り上がる女性陣を横に、さっきから静かにしている供助に祥太郎が声を掛けた。


「供助君、さっきから喋らないけど何かしたの?」

「いや、どうでもいい話題ばっかだから話す事ねぇだけだ」

「ははは、供助君らしいや。僕の大判焼き食べる?」

「塩っぱいモン食ってるから後でな」


 供助は焼きそばを啜って、一緒に添えられていた紅しょうがを二切れほど口に運ぶ。

 今は主食を食べているところで甘い物はちょっと遠慮したい。しかし、断らない。貰える物なら貰っておく。食べ物なら尚の事。

 三者三様、十人十色。祭りの楽しみ方は人それぞれ。こんな風にかしましく飲み食いするのも楽しみ方の一つか。

 ……が。そんな賑やかな祭りの中で。事は起きた。


「誰か、誰か見てませんかっ!?」


 笑い声や太鼓の音で埋め尽くす祭りの雰囲気とは似つかわしくない、焦り切羽詰った声。

 周囲からの目も反応もお構い無し。それでも必死に問い掛けるそれは悲鳴にも聞こえる。

 当然、供助達の意識もそちらへと注がれた。


「子供が……子供がいなくなったんです!」


 母親と思わしき女性の言葉に、一番強く反応したのは二人。

 言うまでもなく、それは結花と悠一であった。


「悠一、もしかして……」

「分かんないだろ。ただの迷子かもしれない」

「でも……」

「ああ、行ってみよう」

「うん」


 供助達の反応を待ちもせず。二人は椅子から立ち上がって駆けていった。

 結花は行方不明の姪を探し、悠一はその手助けをしている。そりゃあ過敏に反応もするだろう。


「俺達も行ってみるか」

「そうね。本当に子供が居なくなったなら一大事だもの」

「僕も行く。知り合ったばかりでも放っておけないよ」


 直ぐ様、人情持ちの太一、和歌、祥太郎の三人が結花達を追い掛けようとパイプ椅子から立ち上がる。


「しょうがない。私も三人に付き合うとするかの」


 猫又は缶に入っていた残り半分を一気に飲み干すも、急ぐ素振りは見せない。

 しかし、別にふざけているのではなく。母親の声が聞こえてきた方向から感じる、不穏な空気は十分に察していた。

 そして、四人は少し遅れて悠一と結花を追いかけていった。


「古々乃木先輩は行かないんスか?」

「なんでだよ、面倒臭ぇ。お前こそ行かねぇのか?」

「私も同じく面倒なんでパスッス。酒も飲みたいでスし。からあげ食うッスか?」

「貰うわ。焼きそば食うか?」

「あ、もらいまス」


 お互いに買ってきた食べ物を交換して、二人は食事を再開する。

 供助は唐揚げ一つを一口で食べ、南は焼きそばを大口で頬張って。


「ま、何かあっても猫又がいるから大丈夫だろ」

「ッスねぇ」


 特に心配も焦燥の様子は感じさせず。供助と南は我関せず、のんびりと。

 値段は高くも安っぽい味の祭り飯を堪能して、友人達の戻りを待つ。

 十分後。祭囃子に混ざって聞こえてきたのは、紅灯と共に鳴るサイレンの音であった。



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