理想 ‐アコガレ‐ 弐
「そこを供助の気まぐれで拾って貰っての。傷の手当をして貰った」
「その気を失っていた時って、猫又さんは猫の姿だったんですよね? 供助が猫を拾うなんて珍しいな」
「まぁの。今になって私も運が良かったと思う。あんな捻くれた性格の者の気まぐれで命が助かったのだからの」
面倒臭がりの供助の性格上、傷を負った野良猫を拾って介抱するなどまず有り得ない。
付き合いの長い太一は……いや、付き合いが長くない者でも分かるだろう。供助がそんな人間ではないと。
「で、供助の家で目が覚めて半額弁当を馳走になっての。払い屋が人手不足って事で私も働く事になった。以上!」
話は終わったと、スルメの続きを噛み始める猫又。
「それだけ?」
「それだけだの」
「マジ?」
「マジマジ、マジンガーだの」
「……」
「……」
数秒、猫又と南が無言で見合う。
「マジで面白くねぇじゃねぇか!」
「だから言ったではないか、面白くないと!」
本当に面白い所も無ければ話が短いと、南は大声を上げる。
確かに前もって大して面白くないとは言っていたが、ここまで山も谷もオチも無いとは思っていなかった。
「まぁ本当は何やかんやあったんだがの、そこは割愛で」
「いや割愛すんなよ! そこが聞きたいんじゃねぇか!」
「その部分は色々と立ち入った話での。私を含め軽く話せるような事ではなくでの」
「私“も”含め……?」
「そういう事だの。本人が話さない事を、私が話す訳にもいかん。すまんの」
この会話で南は察す。話さないのではなく、話せないのだと。
胡座をかいた状態から身を乗り出していた南は、出鼻を挫かれた様に姿勢を戻した。
「ったく……期待してた分、あっけなく終わって興が削がれてちまった」
南は後頭部をおもむろに掻いて、ここでこれ以上の話を聞き出すべきではないと諦める。
「話も終わっちまって区切りが良いし、ちょっと外で一服してくる」
南はスタンドライト台に置いてあったタバコを手に取って、ベッドから降りる。
別に不機嫌になったでも、腹を立てたでもない。ここには未成年の和歌達が居て、部屋でタバコを吸うのは避けた方がいいと純粋に気を遣ってからの行動である。
「五分くらい抜けっけど、太一達も飲みたかったら酒飲んでいいからなー」
そう言って南が部屋を出て戸を閉めると、後ろから喜ぶ太一の声とそれを抑止する和歌の声が混じって聞こえてきた。
大人しい祥太郎は二人を見て苦笑いを浮かべている所だろう。まだほんの二、三日の付き合いだが、三人の反応は想像するに容易い。
南は小さく頬を綻ばせて、ニコチンを摂取すべく玄関に向かう。
「夜風がいーい感じで涼しいねぇ」
とうに夜は更けて深夜一時。普通ならば十月の夜の風は少し肌寒いだろうが、アルコールで火照った熱を冷ますには丁度良い。
南は愛煙するメビウスを一本、口に咥えて百円ライターを手にする。小さく凪ぐ風に火種が消されぬよう、手で覆って紫煙を登らせ始める。
メビウスにも色々とあるが、南が好んで吸っているのはライムレモンのような清涼感ある喫味がする種類。柑橘類のような味わいがクセになる。
「っはー……」
星が散らばる空へと煙を吐き出して、メビウス特有の味が口内に染みる。
南はヘビースモーカーまでは行かないが、ヤサグレていた頃の名残で今でも日課になってしまっている。
ギャンブルはしないが、酒と煙草はする。お陰で地味な出費が多く、いつか買おうとしているバイク購入はまだまだ先のようだ。




