第八十一話 理想 ‐アコガレ‐ 壱
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「で、その後はワンパンよ」
まるで自分の事かのように得意げに語り、興奮冷めやらぬといった様子で酒を煽る南。
「へぇ、二人が知り合いになったのには、そんな経緯があったんですね」
話を聞きながら缶ジュースを啜り、和歌は興味があった話に聞き入っていた。
「なるほどのぅ。自分が困っている所を助けてもらったのなら、そりゃ惚れもするか」
「惚れた、ってのは違ェな」
「む? あんなに供助の相棒を組みたがっておったし、初めに和歌を悪い虫だなんだと供助から遠ざけようとしたらしいではないか」
「まぁ、古々乃木先輩が私を求めてきたら喜んで受け入れるけどよ。惚れたってよりも憧れた、が正しいな」
つまみのピーナッツを口に放り投げ、カリコリと小気味良い音が鳴る。
「憧れの人と一緒に仕事をしたい。認めてもらいたい。追いつきたい。そういう風に思うのは当然の感情だろ」
「それは解るがの。だが、先程も言った近付く女を威嚇したのは何でだの? 憧れとは関係なかろう?」
「それは、あー……なんだ、あたしの理想の押し付けだな」
南はバツが悪そうに顎先を指で掻き、猫又に答える。
「憧れの人には相応の人と一緒になって欲しいっつーか、尊敬する人がバカ女に引っ掛かる情けない姿は見たくないっつーか」
自分勝手な理由だと分かっている。分かってはいるが、自分が尊敬する人が堕ちていくのは耐えられない。
南の言いたい事は理解できなくもない。自分の命を救ってくれた人物であれば尚の事。
「それ、分かります」
そんな南の気持ちが理解できると、一番に言葉を返したのは祥太郎だった。
「憧れの人って自分の中でヒーローみたいな存在だから、ずっと格好良い姿で居て欲しいんですよね」
そういう祥太郎は少し気恥かしそうにはにかんだ。
「小学校の頃、僕にとって南さんがそうでしたから」
「あたしが祥太郎の? そりゃ初耳だ。ヒーローになれるような立派なモンだったか?」
「自分の意見を言えて、自分を隠さないでいて、強くて……昔の僕にとっては身近なヒーローだったんです」
「そういやお前、小せぇ頃は根暗だったもんな。いつもビクビクしてんのが焦れったくて声かけたの覚えてるわ」
「今も引っ込み思案なのは変わらないですけど。でも、子供の頃と比べればマシになったかな」
「眼鏡なのは変わってねぇけどな」
「あはは、コンタクトはなんか怖くって」
互いの幼少期を知っている二人は小さな昔話で笑みを零し、思い出を懐かしむ。
「あたしの話はそんな感じだ。つー訳でバッター交代、次は猫又サンの番だ」
「む? 私かの?」
「古々乃木先輩と組む前までは旅してたんだろ? それがなんで払い屋になったのかは気になるだろ」
「大して面白いものではないと思うが……」
「いいからいいから、酒の肴の一品だと思ってよ」
「しょうがないのぅ」
猫又は咥えていたスルメの足を噛み千切って、勿体振るように口に残ったスルメを咀嚼する。
「私は払い屋になる前はぶらぶらと気ままに旅してての。供助と最初に出会ったのは公園で、確か雨の降っていた夜だったのぅ。その時、私は怪我を負って気を失っておった」
猫又は口の中のスルメを飲み込み、アルコールが入って頬を薄赤くさせて当時の事を思い出していく。




