出会 ‐キッカケ‐ 参
「ハッ……てめぇもこうなりたくなきゃ、さっさと家に帰んな」
釣られて、という訳じゃなく。南は少し強がるように、同じく少年へ鼻で笑って返した。
ただ、目は一切笑っていない。目下には濃い隈が出来て、瞳の光は消え失せて、表情に生気が無い。
「今にも死にそうな目ぇして。そんなんになる前に誰かに相談でもすりゃあいいのに」
「あぁ? なんも知らねぇガキが適当なクチ利いてんじゃねぇぞ……! 何が相談だ、そんな事したら変人扱いされて終いだ」
「変人扱いねぇ。こんな所で一人、死にそうな面で蹲ってれば充分に変人だと思うだろ」
「てんめぇ、馬鹿にしてんのか?」
「いんや、別に? ただ、死にそうになるなら誰かを頼ればいいじゃねぇかと思ってよ」
「あたしにだってな、意地があんだよ! そんな情けない姿を見られたら、いい笑いもんだ……!」
「生きてっから意地を張れんだろ。格好の為に意地張ってんのに、その意地で死んだらそれこそ笑いモンだ。意地張らねぇで生きても、意地張って死んでも、どっちにしろ笑いモンになるなら生きた方がマシだろ」
鼻を小さく鳴らして、少年は前髪を片手で掻き上げる。
小馬鹿にしてと言うより、呆れの色を強く見せて。
「それに死んじまったら、笑うヤツより泣くヤツの方が多い。それは耐えられるモンじゃねぇぞ」
「そんなヤツ、いねぇよ」
「あん?」
「あたしは一人ぼっちだ。家に帰っても、どこに行っても居場所がねぇ。珍しく両親が二人揃って家に居たかと思えば、口うるさく喧嘩だ。ダチはあたしを気味悪がって離れてったし、男も同じで気味悪ィと捨てやがった。結局、あたしの事なんて誰も見てねぇ」
南は視線を落とし、表情に影を作る。今では家に帰る事が殆んど無い。帰っても意味が無く、居場所が無いからだ。
自分が意識不明の重体に陥っていても、両親は責任の押し付け合いをしていた。優先したのは娘の心配より、世間からの目。
今だってそうだ。南がこんなにも衰弱しているのにも気付かず、声も掛けず、何も知ろうとしない。
きっと南が死んでも両親は泣かず、世間からの印象が悪くなる事を嘆くだろう。
心配してくれる両親も居ない。悩み事を相談できる頼れる友人も居ない。安心できる場所も無い。もう、生きてる必要も……。
「それとも何か、お前が泣いてくれるってか?」
「今さっき会ったばっかで、ろくに話してもいねぇ人が死んで泣く奴がいると思うか?」
「……だよな、何言ってんだか、あたしは」
霊に憑きまとわれて疲弊しきり、衰幣した精神と心細さからか。
南は自分が口にした言葉に、髪の毛をくしゃりと握って溜め息する。
「ただ、後味は悪ィな」
「え?」
「次の日の新聞に死亡事故で見た顔が載ってたら、飯を旨く食えやしねぇ」
まさかの、予想から外れた返答。
南は思わず顎を上げると、少年はわざとらしく、そして面倒臭そうに頭を掻いていた。
「そんなんになってる原因はあいつか」
言って、少年はおもむろに顔を横に曲げる。
南から見て左の方。雑木林の奥。木と木の間からこっちを覗いている、奴へと目を向けていた。
「なんとまぁバランスの悪ぃ体したジジイだな。情報通りだ」
「ッ!? あたしを狙って近くに……いや、それよりてめぇ、アレが見えんのか!?」
「そりゃこっちのセリフだ」
少年は目だけを向けて、声を高くする南に平坦な声で返す。
南が霊を視るようになってから、初めての自分と同じく霊が視える人。落ち着いては居られなかった。
「霊視の制御が出来ねぇで霊が視えてる状態になってんな。それについては後で任せりゃいいか」
「おい、答えろよ! なんでてめぇもアレが視えんだっ!?」
「あー……そういう奴等を相手にする仕事をしてんだ。バイトだけどな」
南の問いに少年は少し言葉を詰まらせた後、まぁ視えてるならいいか、と呟いて。
「良かったな。今日は久々にぐっすり眠れるぞ」
「ちょ、待てよ! 仕事って……」
「そこで待ってろ。すぐ終わる」
少年は小さく笑って見せ、老爺が居る雑木林の方へと向かって行く。
丸まった背中で、ジーパンのポケットから軍手を取り出しながら。




