出会 ‐キッカケ‐ 弐
この時から、南にとって悪夢のような日々が始まった。
外に出れば常に視線を感じ、寝れば夢でうなされる。少しでも気を紛らわそうと喧嘩に明け暮れるも、その最中に邪魔をしてくる。
かと言って一人で居るのは嫌だと彼氏の元へと行けば、気色悪い笑みを浮かべては彼氏の周りをうろついて。彼氏の首に手をやって襲うような素振りを見せては、焦って叫ぶ南の反応を見て楽しんでいた。
南が苦しみ、嫌がり、辛そうにしている顔が愉快で堪らないと。老人の霊はひたすら南に憑きまとった。ひたすら邪魔をした。
一人の時は必ず近くをうろつき、誰かと入ればその誰かを傷付ける動作を見せつけ、家にいれば不仲の両親の感情を煽っては毎日喧嘩させていた。
言うまでもなく、南が衰弱していくのに時間は掛からなかった。
どこに居ても、誰と居ても。必ず奴が憑きまとう。気を緩められない。気を抜けない。安心出来ない。
常時気を張り詰めて、いつも周りを警戒し、誰かを頼って相談する事も出来ない。
徐々に疲弊していき、段々と弱って、着々と追い詰められ。どこにも安全な場所は無く、誰にも助けを求められず。
老人の霊と遭遇してから一週間。限界に達した南は、もういいと。もう逃げるのは馬鹿らしいと。
逃げれば逃げる程、足掻けば足掻く程、奴を喜ばせるだけだ。なら、もういい。対処方も解決法も無い。どうしようもない。
そして何より、昏睡状態から目を覚ましてから、元から安らぐ居場所なんてなかった。両親はさらに不仲になり、不良仲間には老人の霊のせいで奇行紛いの事をしている所を見られてからは避けられ、彼氏だって寂しさを紛らわす為に何となく作っただけで、恋愛感情なんてなかった。
生死の境を彷徨って生き返ったというのに、ずっと生きた心地がしなかった。
それに、それにだ。昏睡状態から目が覚めた時に、自分は生きてる事に嫌気がして、生き延びた事を後悔した。
だったら――――。
「さっさと逝っちまった方が楽だ……」
すでに限界を迎えていた南は、全く人気のない廃れた神社の賽銭箱の前で小さく蹲って。
体育座りで腕に顔を埋め、真っ暗い視界の中。
『んふ』
奴の気味悪い声が近付いてくる。風で煽られる周囲の木々のざわめき。まるでそれが死の足音に聞こえる。
首筋に走る寒気。背中から頭にかけてせり上がってくる震え。産毛が逆立つ感覚。今までに何度も味わってきたから解る。
奴がもう、すぐそこに居るのが。
――――ガサリ。
視界は閉じている。感覚にして大体1mぐらいか。そこから草葉が踏まれる音がした。
「あん? 人?」
が、次に聞こえたのは人の声。
南は思わず顔を上げた。
「こんなとこで何してんだ? あんた」
「……うっせぇ。あたしの勝手だ、死にたくなかったらどっか行け。ガキ」
街から外れた、こんな人の居ない場所で人と会うとは思っていなかった南は、一瞬だけ驚いた表情を見せる。
だが、すぐにそんな感情は消え、南は現れた少年に乱暴な言葉で返した。
「確かに、どこに居ようがあんたの勝手だな。じゃあ、俺がここに居んのも俺の勝手だ」
焦げ茶色の髪の毛。それを無造作に掻き上げただけのオールバックもどきの髪型。
見た感じだと年下なのに生意気な口ぶり、いつもの南であれば一発ブン殴っている所だが、今はどうでもいい。
ここに居れば巻き込んでしまうかもしれない。南はともかく、この場から少年を離れさせたかった。
「ん? あんた、つかれた顔してんな」
一瞬、少年は鋭い眼付きで南の顔を見て。
小さく鼻で笑いながらそう言った。




