第三話 払屋 ‐ハライヤ‐ 壱
辺りは黒く広まり、闇染まる。
時刻は丑三つ時を迎える少し前。静寂と暗闇が支配する時間帯。
焦茶色の髪をぶっきらに掻き上げた、前髪が数本垂れたオールバックもどきの髪型。気怠さを隠さない一人の少年が、夜の街の中を歩いていた。
少年の名は古々乃木供助。年齢は一七歳。そして、ある目的があってこんな時間に出歩いていた。
時刻が時刻なだけに、周りに人の姿どころか気配すらしない。空に浮かぶ半分のお月様の光に照らされ、街灯も無い細い道を歩く。背中を丸め気怠そうに、歩く。
駅前から離れ、ファミレスやコンビニ等の二十四時間営業されている店は見当たらず、どこを見ても暗い。
「ったく、何がそう遠くないだよ。結構時間掛かったじゃねぇか」
妙に大きく聞こえる自分の足音。それ程に静かで、他に音も声も聞こえない。
見慣れない街の細道。頭をぶっきらぼうに掻きながら、供助は一人ごちる。
なぜこんな時間にこんな場所に居てこんな所を歩いているのか。
理由は今日……ではなく、日付が変わったので昨日。上司の電話で頼まれた用件であった。
その用件というのが、供助がよくしているバイトである。
しかし、このバイトの内容が少しばかり……いや、控えめに言ったとしても、かなり変わったものであった。
幽霊や妖怪を退治し、魑魅魍魎が起こす事象を解決する。通称、“払い屋”と呼ばれている専門業。
供助はその見習いとして依頼を受け、バイトをしている。もちろんバイトとは言え仕事なので、依頼をこなせば報酬も発生する。
一応は一人前の払い屋になる事を目標としている。あくまで、一応。供助はなれたらいいな、位にしか思っていない。
別に将来は一般職に就職する道もあるし、この仕事を無理して本職にする必要もない。それはよく、上司にも言われていた。
ただ供助は将来とかそんなどうなるか解らない先の事より何より、今を生きる為の生活費を稼ぐ為にバイトをしていた。
「くぁ……」
供助は口を大きく開けて欠伸する。
妖怪を払うのは大体、夜に行う事が多い。それは妖怪が夜に姿を現しやすいとかではなく、人目に付きにくいから、というのが大きい。
実際、妖怪は昼夜関係なくどこでも姿を現すし、いつでも見える。
「っと、ここか。本日の稼ぎ場は」
供助が足を止めて視線を向ける先には、草が生い茂る広い雑木林。『私有地』と書かれた看板が立てられロープが張られていた。
弱い風でも細い枝葉が揺れて擦れ合い、ざわざわと気味悪く騒ぐ。
小さい子供なんかは心霊スポットだと泣き出しそうな位には不気味ではあるが、常日頃から妖怪を相手にしている供助は何も感じない。
まだ夏で暑いから、虫に刺されたら面倒だな。ぐらいにしか思わないだろう。
「ぱっぱと行って、ちゃっちゃと済ませて、さっさとホテルに戻って寝直そう」
身体を屈ませながら手でロープを上げて、雑木林の中へと入っていく。
横田が前もって中に入る許可を取っておいたので、所有者の目や警察を気にしなくて良いらしい。
パキ、とスニーカーの底から小気味良い音をさせて奥へと進んで行く。
背中を丸めて手はポケット。それでも周りに気を配りながら、暗い視界の中目を配りながら。いつでも戦闘に入れるように。
「……居るな」
歩くのを止め、丸まっていた背中を伸ばす。生暖かい風が頬を撫で、供助の垂れた数本の前髪が揺れた。
耳を澄ませると、木や草のざわめき以外の何かが聞こえる。耳が捉える。
さらに感覚を澄まし、微かに感じる妖気の残滓を追う。
そして、数十メートル先。居た。目的であり目標が、そこに居た。
暗闇の中、黒い影をゆらり。木々と茂みの間、それが動く。