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第八十話 出会 ‐キッカケ‐ 壱

 両親の仲が悪くなり始めたのは、中学校の頃。

 原因がなんだったのかは分からないが、子供である南が明確に感じ取り始めたのがその辺りから。

 高校に進学してからも両親の関係は修復されず、むしろ溝は深まるばかりで。母は家で癇癪を起こし、父は家に戻らず帰ってこない日々。

 珍しく父が帰ってきたと思えば、罵声の投げ合い。酷い時は割れた食器が床に散らばったりしていた。

 この頃から家に南の居場所はどこにもなかった。いや、居場所があっても一人ぼっちだった。

 外に出れば近所の人から好奇な目で見られる。家に帰れば癇癪を起こした母親から罵られ、味方をしてくれる人は誰もいない。

 南が夜の街に繰り出し、ガラの悪い輩とつるむ様になるのはそう遅くなかった。


 ――――高校三年。


 南が霊感に目覚める切っ掛けとなった事件が起きたのは、五月。

 当時付き合っていた年上の男と一緒に乗っていた車で事故を起こした。原因はスピード出し過ぎによる横転。

 他の車は巻き込まれなかったが、南が乗っていた車はガードレールを乗り上げ道路から外れて木に激突し、運転手と共に大きな怪我を負った。

 しかし、南は怪我だけでなく頭を強く打ち、意識不明の重体になった。

 そして、事故から一ヶ月後。南は生死を彷徨う長い昏睡状態から目覚める。

 最初に目に映ったのは白い天井で、最初に耳に入ったのは。


「お前がしっかり育てないからこうなったんだろ!」

「あなたこそ家にもろくに帰らないで、こういう時だけ父親面しないでよ!」


 両親の罵り合いであった。

 娘の心配よりも、責任の押し付け合い。重体の娘の枕元で喧嘩。

 ドラマでよく見る風景と在り来たりなセリフ。そんな絵に描いたような三流の家族。

 南は一命を取り留めた事を、まだ生きてる事を、生き延びてしまった事を――――激しく後悔した。


 だが、これが南の生き方が変わる転機となる。


 霊感というのは殆どの人が持っている。ただ、霊感が敏感に働き、霊を目で捉える事が出来るのは四、五歳あたり。大体、幼稚園の頃まで。

 あとは歳を取るにつれて徐々に弱まっていく。小学生になる頃には霊感は衰えて、霊を認識出来なくなるのが一般的である。

 しかし、先天的に霊感が強い者は歳による衰退が起こらずにそのまま残るケースもある。供助がその一人で、物心付く前から霊が見えるのが日常茶飯事だった。

 が、それらとは別に。幼い頃に一度失った霊感を取り戻し、大人になっても霊感を持つ者も存在する。


 方法は幾つかある。霊を視えるように段階を踏んで訓練する正法。危険を伴うが段階を短縮する邪道。本人の意思に関係無く強制的に目覚めさせる外道。

 そして、イレギュラーとしてもう一つ。それは『とある切っ掛けを元に霊感が再覚する』というもの。その切っ掛けと言うのが、“死”である。

 理屈も、理由も、原因も解っていない。しかし、確実に『結果』として霊感が再び目覚めた人間が居る。

 南がまさにそれだった。交通事故で意識不明の重体になり、それを境に幽霊が見えるようになってしまった。

 初めは薄らと透明な影のような何かが視える程度。それが段々と輪郭を帯びて視えるようになり、気付けば人も霊も等しく『存在するもの』として視覚で認識出来ていた。

 目を合わせてはならない。声を掛けてはならない。反応してはならない。南は霊に対して、それを直感で感じ取っていた。

 そうすれば幽霊(むこう)からは何もしてこない。こちらが反応しなければ何も起こらない。それを基本に南は退院後も平常を装って生活をしていた。

 霊が視える。そんな話を不良仲間に話してみろ。いい笑いものだと。南は誰にも言わず、相談せず、一人で抱えた。


 だがその分、日常で神経を削るようになった。


 空を見上げれば霊が浮いている。道を歩けば塀からいきなり腕が生えてくる。何も見たくないと俯けば、地面から生首が出てくる。

 酷い時は生きた人と見分けがつかず、前を歩く人の背中から霊がすり抜けて出て来た時は変な声を上げてしまい、周りから変な目で見られた事もある。

 つい先日まで一般人と変わらなかった南が、対処方も解決法も解らず。ただただ霊と目を合わせず反応をしないように過ごしていた。

 しかし、限界が来るのは早かった。霊に対してのストレスから喧嘩に明け暮れ、消費した体力を休めようとしても霊の存在が邪魔してろくに休めない。そのストレスを発散しようとまた喧嘩。

 この悪循環に嵌ってしまい、心身共に疲弊していく。そして、ストレスと疲労がピークに達した時。南は取ってはならない行動を取ってしまった。

 たまたま、本当にたまたま。その霊は南を狙っていた訳では無く、その時に近くにいただけ。南が何もかも嫌になり、腹が立って、とにかく溜まりに溜まったストレスを吐き出したかった。だから、吐き出した。

 楽しそうに笑い、嬉しそうに宙を揺蕩たゆたい、目の前を浮遊していた霊に……ブチ切れた。



 ――――いい加減にウザってぇンだよっ!



 大声で叫び、鬱憤を吐き出し、苛立ちを向ける。

 その意識の矛先を感じた霊は、気付いた。目前の女が自分の存在に気付いた事に、気付いた。


『……ンふ!』


 さっきまで見せていた笑顔が、歪む。さらに酷く、さらに(いびつ)に、さらに不気味に。

 男の笑顔が、いや、笑顔なのに。目が合った瞬間に悍ましい悪寒に襲われる。頭の天辺から、足の指先まで。か細い指でなぞられた様に。

 ここで南の頭は一気に冷めて、己がしてしまった過ちを知る。


 ああ、これはヤバイ―――と。


 初めて目が合い、霊と向き合って。存在を認識して、認識されて。南は今までに感じた事のなかった恐怖を知った。

 人から殴られた怖さとも違う。痛みに対する恐ろしさとも違う。得体の知らないモノと対面した、対処法が解らない未知の恐怖。

 歪みに歪んだ霊の顔を見てられず。見るに耐えられず。南は駆け出した。

 見た目は完全に老人……だった。しかし、南の存在と、自身の存在を認知した者への興味と好奇。

 老人の霊はその老いた姿を変転。150cmも無かった小さな体躯はメキメキと音を立て、まるで折り畳まれていた折り紙を広げるように。

 顔は変わらず、しかし、身長は3mを超えて。顔と体の不一致。バランスの不釣り合い。長身痩躯の老人。

 ただただ異様で不気味でしかなく。そして、霊感を持っているからこそ知ってしまう、その危険度。

 素っ裸の状態で山中を歩いていたら、腹を空かせた野生の熊と遭遇したのと同じ。どれだけ危険と解っていても対処方が無い。手の打ちようがない。

 出来る事は一つ。ただ逃げるだけ。


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