表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
294/457

      楽勝 -シュンサツ- 弐

「なんか軽い感じで入って行ったけど、大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だからあんな軽いんだろ。それに今回は三人も居るんだし」


 緊張感が無い三人の払い屋達がペンション内へと消えていって、祥太郎の呟きに太一が言葉を返した。

 確かにペンションを中心に、周囲には不快感を狩り立たせる嫌な空気が漂っている。太一も達もそれを感じて息苦しさと軽い胸焼けがしていた。

 しかし、体調を(おびや)かす雰囲気を前にしていても、それ以上に供助達の心強さの方が優に上回っていたのだ。

 それに不巫怨口女に比べればペンションに住み憑いた霊の圧など比にならない。天と地との差、月とスッポン。

 すでに強大な妖を目の当たりにした事がある太一達を恐怖させるには、ここにいる霊は驚異が小さ過ぎた。


「霊を見たっていうのに落ち着いているね。君達は彼等が霊を祓う所を見た事があるのかい?」

「えぇ、まぁ、はい。って言っても、俺達もつい最近になってから供助達がこんな仕事をしているって知ったんですけどね。それを知る切っ掛けになった時に襲ってきた妖怪がとんでも無さ過ぎて……」

「そんなに怖かったのかい?」

「口止めされているからあんま言えないですけど、ヤバかったとしか言えないっすね」


 文化祭前日に突如現れた巨大な妖怪。蛇の下半身に無数の手足が生え、両腕が無い女体の上半身に耳まで裂けた大口。

 恐怖と絶望しか湧いてこない、粘っこい不安だけが占める空間。太一は僅かに声を震わせて、まだ記憶に新しい恐怖を短い言葉にした。

 その様子を見て、オーナーは顎髭を軽く摩る。ここのペンションに住み憑いた霊もかなり厄介な類だと思っていたが、太一達が全くと言っていいほど怖がっていない。その様子を見て、この程度はまだまだ可愛い方なのだと知らされる。

 同時に、払い屋という職業の凄さ。その一片を垣間見た気がした。


「そんなにヤバイのを相手にしたというのなら、私の依頼なんて簡単に済ませちゃうかもしれないねぇ」

「ははっ、そうですね。供助なら簡単に――――」


 冗談半分で言ったオーナーに、太一は軽い笑いを混じえて返すと。


『アアアアアアァァァァァァァァァ!!』


 突然、女の叫び声が辺り一帯に響いた。

 掠れながらも動物的な、おどろおどろしい声。言わすもがな聞こえてきたのはペンションから。

 外にいた一同は皆、視線を向ける先は同じ。そして、太一が口端を僅かに釣り上げながら呟く。


「ま、まさか……」


 全員がペンションを見つめて一分足らず。

 玄関の扉が開き、予想していた通りの人物が現れた、


「あー終わった終わった」

「思った通り大した事なかったッスね、古々乃木先輩」

「問題解決! 飯だの、飯!」


 ペンションに入った時と同じテンションで、三人は軽いノリのまま出て来た。

 そして、気付けばペンションから漂っていた不穏な空気は消えて、夜の不気味さだけが残った。


「本当に簡単に済ませちゃったみたいですね」

「……驚いた。冗談が本当になるなんてね」


 嘘から出た真、とは少し違うか。しかし、もっと時間が掛かると思っていただけに、こうも呆気無く解決されるとは予想していなかった。

 続けて起きる予想外にオーナーは乾いた笑いを漏らし、戻ってくる頼もしい三人を迎えた。


「こんな早く終わったら怪しいだろうが、ここに住み憑いていた霊は祓い終わったぜ。オーナーさん」

「さっきまで息苦しかった空気が嘘のように消えた。霊感が無い私でもハッキリと差が感じるんだ、ここにいた悪いモノが居なくなったのが解る」

「一応、また日本酒を置いときゃいい。さっきみたいに濁ってなきゃ安全だって証拠になる」

「ははっ、そんな事をしなくても信じるさ。約束通り、連休中はこのペンションを好きに使っていいよ。バーベキューの道具も揃ってるし、遊びまくって構わない」


 南はオーナーに依頼完了を伝え、ニカッと八重歯を見せた。

 そして、オーナーも悩みの種が無くなって心の枷が落ち、緩やかな表情で答える。


「よっしゃ! 依頼も無事に終わったし、晩飯の買い出しに行くとすっかぁ!」

「南さん、その前にまず荷物を中に入れないと……」

「わーかってるよ。聞いたぜ、和歌って料理が得意なんだろ? いっちょ腕を振るってくれよ」

「はい、リクエストがあれば作ってあげますよ。私のレパートリーの範囲内で、ですけど」


 移動で乗った電車内での会話で、南は和歌が料理が得意だというのを聞いていた。

 ペンションの宿泊費は無料だが、泊まっている間の食事は自分達で用意しなければならない。

 このメンツではまともに料理できるのが和歌しかいない。それもあって、南は和歌の腕に期待をしていた。

 そんな二人の隣で、供助はいつもよりも増して怠そうに溜め息を吐いていた。


「はぁ、買い出しに行くったって街中までまた戻んなきゃなんねんだろ? さっさと飯食って寝てぇのに……」

「愚痴るな愚痴るな。委員長に美味いもん作ってもらってパーっと騒ごうぜ」

「あのなぁ、太一。車で五分そこらで街まで着くったって、歩きじゃ二十分は掛かんだぞ。往復で四十分だ。それに俺ぁ昨日はまともに寝れてねぇんだよ」


 昨日は依頼で朝方に帰宅し、そのまま学校に行って一睡もしていない供助。

 学校で寝ようと思ってもその日に限って学年集会だの、授業が体育や理科の実験だのと落ち着けず。結局、今の今まで徹夜続きなのであった。

 心身共にお疲れモードの供助を見かねてか、オーナーは顎髭を指で擦りながら口を開いた。


「なら、ペンションの裏に移動用の車があるから使うといい。宿泊者から要望があれば貸し出ししているんだ」

「って言われても、私達はまだ高校生で免許なんて持ってないし……」

「おいおい和歌、ここにゃ成人を迎えた人間が一人いるんだぜ?」

「南さん、車の免許を持ってるんですか?」

「おうよ。バイクの免許取るついでに車のも取っといたんだよ。運転は任せときな」


 自分のバイクを買って乗り回したいと免許は取ったが、肝心のバイクはまだ持っていない。いつか一括で買ってやろうと、現在地道に貯金中である。

 けどまぁ、依頼でレンタルカーを借りて依頼現場に行く事もよくあり、取った免許が蜘蛛の巣を張るような事にはなっていなかった。


「移動手段が解決したのなら早う行かんか? 私もお腹ペコペコだのぅ」

「なぁ、猫又サンも酒飲むだろ? 一人で飲むのはちぃと寂しいからな。飲むなら奢るぜ?」

「ッ! 飲む、超飲むの!」

「おしおし、じゃあ食料だけじゃなく酒も買わねぇとな!」


 自分の荷物が入ったリュックを片肩に掛け、南は駆け足でペンションへと向かって行く。

 良い意味でも悪い意味でも、騒がしい三連休の始まりである。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ