探者 案 ‐サガシモノ アン‐ 参
『猫又ちゃんが人喰いに襲われた理由は特に無く、奴の暇潰しだと言っていたけど……』
「うむ」
『もしかしたら本当は、何か狙われる理由があったかも知れない。そしたら、また襲われないとは言い切れないでしょ?』
「まぁ、そうだの」
『そこで提案。猫又ちゃん、少しばかり旅するのは一旦休止して、うちらに協力する気なーい?』
「協力、とな?」
『そそ。もし人喰いが君の事をまだ追っていて近くに現れたら、うちらは万々歳。情報も入るし、あわよくば討伐出来る。だから、少しばかり様子を見てみたいのよ。協力してくれない?』
「つまり、私は餌になれ、という事かの?」
『奴は妖怪は食べないからね。餌とはちょっと違うかなぁ。ま、囮捜査だね』
「ふん……だが、それだと本当に人食いが現れた場合、私が危険に晒される。今回は深手で済んだが、次は死ぬ事も有り得る。お前等の為に死ぬつもりは毛頭無いの」
『まぁまぁ話はちゃんと聞いて頂戴って。さっきも言ったけど、今君が居る五日折市から半径百キロ圏内に、人喰いの警戒と捜索用にうちの部下を出来るだけ送る。もし君の前に人喰いが現れた時は、即座に保護に回れるよう手配する』
「しかし、人喰いが私の前に現れてからではな……お前の部下が間に合わん可能性の方が高いと思うがの」
『それを踏まえて、その間はうちの腕の立つ払い屋を一人、常に護衛として付ける。責任持って君を守ろう』
猫又は腕を組み、小さく鼻を鳴らしてテーブルの携帯電話を見つめる。
「それなりに安全である事は解った。しかし、その話は私に得があるのかの?」
『期間の長さは様子を見て後から決めるけど、一つは傷が癒えるまで安全な所に居れる。二つ目はこちらが指定した場所に住む形になるけど、衣食住に困らない』
「ふむ、悪くは無いの」
『最後の三つ目。君が探している共喰い……そいつの情報が入れば君に教える』
「……ほう」
猫又は僅かに目を細め、頭の猫耳がピクリと動いた。
『今から君が九州に向かうよりも、全国各地に情報網があるうちらに頼る方が効率的かつ合理的だと思うけどね? 少なくとも、君の傷が完治するまでは』
「名前は確か横田、だったかの?』
『あ、俺の名前覚えてくれてたの。スルーされているとばかり思ってた。嬉しいねぇ』
「確かに、お前の言う通りであろう。しかし、いいのかの? お前には関係無い妖怪の筈だが」
『前々から探している妖怪ではあるからね。それに現れる可能性は希薄とは言え、危険性が非常に高い“人喰い”を誘き出す為の囮になってもらうんだ。それ位の見返りは当然でしょ』
猫又は口元に手を当て、しばし無言で考え込む。今の自分の状況と、この提案による己への利得。
猫又は今までは一人で全国を歩き回り、共喰いの情報を探していた。
しかし、一向に情報は集まらない。一人で当ても無く探すのは無理があると思っていた所であった。今回みたいに妖怪に襲われて深手を負う危険な目にも遭った。
だが、この提案では安全を確保出来て、尚且つ何もせずに情報が入る可能性がある。猫又にとって美味しい話であるのは違いない。
「……成る程。では一つ、その提案に乗ろうかのぅ」
『じゃ、交渉成立だぁね』
猫又は微笑み、横田の提案に協力する意を見せる。
ギブアンドテイク。互いが互いの探す妖怪を見付ける為に、都合がいい。
義理や人情は無い。あるのは己のメリットを優先する思考だけ。
『って訳で、供助君』
「はい?」
しばし置いてけぼりの蚊帳の外。
会話に参加する間もなく話は終了し、頬杖を付いて話を聞いていた供助。
そこに横田から不意に名前を呼ばれた。
『猫又ちゃんは今日から君の家に住むんで、色々とよろしくー』
そして、次に言われた事は。
予想の斜め上どころか、予想すらしていなかった言葉。
「……」
「……」
供助と猫又。無言のまま二人は互いを見合い、時が止まる。
そして、数秒後。
「はぁ!?」
「うぬ?」
供助の素っ頓狂な声と共に、時は動き出す。