第七十六話 対抗 -ミセアイ- 壱
「生意気な小娘だと思っておったが、中々に面白いものを見せてもらった。なら、私も少しばかり対抗心を燃やすとしようかの」
難無く一体目の標的を倒した南は武器を回収し、次の番である猫又はググッと背中を伸ばして軽くストレッチする。
想像していたよりも上を行った南の実力を認め、同時に自身の強さを隠さずに見せた相手への敬意も含めて。猫又もまた出し惜しみをすれば失礼だと妖力を高めていく。
「手に負えなくなったら早く言えよな。そん時ゃあたしが二匹目も祓ってやっからよ」
「ふん。そんな要らぬ心配しとらんで、使った道具を片付けとればいいの」
「あとは釘を拾うだけだ。そっちはさっさとおっ始めてどーぞ」
「そうか。ならば、おっ始めるついでにもっと明るくしてやろうではないか」
「あん?」
南がしゃがんで釘を探しているのを横目に、猫又は微笑を浮かべて。
指を曲げて傾け、地面へと落とされるは。右手の人差し指の先に灯していた小さな炎。
そして、火が地面に触れた瞬間。
ボ――――ッ!
まるで撒かれた油に着火したが如く。凄い勢いで炎が地を走っていく。
さっきまでの灯火とは比較にならない炎が盛り、トンネル内に赤い光源が広がる。
「っちち! おい猫又、俺がいる事を忘れてんなよ!」
「すまんすまん、ちと張り切りすぎたの。しかしまぁ、逃げようとしていた標的を捉えたのだ。大目に見て欲しいの」
供助に返してから猫又が目を向けるは、地を走る炎が一際燃え盛る場所。
迸る豪炎は一箇所で渦巻いていた。
「アアアアァァァァァァァァアッ!」
その渦巻く炎の中から聞こえてくる、叫び声。言わずもがな、絶叫の正体は標的の残りの一体である。
周囲を炎で包み逃げ場を無くす技――――火廻。
激しい炎と熱気に、堪らず標的は隠していた姿を現す。
「私が何もせずにただ小娘の戦闘を見ておる訳なかろう」
残りの一体が近くに潜んでいるのに気付いていた猫又は、感覚と嗅覚から標的の居場所を突き止め、すでに手を打っていた。
こっそりと自身の妖気を地面に流して隠れていた標的を囲い、そして、火廻による炎が燃え走る道を作っていたのだ。
「さて」
トン、と。猫又が右足で軽く地面を踏むと。
火廻の火力が収まっていき、標的である悪霊の体が上半身だけ露になる。
されど炎は敵を離さず。辛うじて対話が出来る程度の余裕だけを与える。
「お前にも一つ聞きたいのだがの」
「アアアアァァァァグゥゥゥゥゥゥゥゥ!」
「いや、此奴に会話は無理のようだの」
逆巻く炎に叫びを上げ、熱に悶える標的への言葉を止めた。
苦しむ霊は鼻が長く毛むくじゃらで、猫又と似た耳。恐らく、残りの標的は犬の霊だろう。
大型犬であるシベリアンハスキーの倍はある大きさで、前足からは鋭い爪が生え、剥き出しにされた犬歯は今にも噛み付きそう。
「先程の悪霊と違い、こっちは動物霊ときたか。これでは探し者を聞いても意味が無さそうだの。供助、祓って問題ないの?」
「あぁ、さっきから殺気を放ってきて隙ありゃ襲いかかる気マンマンだ」
「飼い犬が捨てられて怨みを持ったか、野良が死んだ事に気づかず現し世に長く留まった結果か……悪霊と化した理由は解らぬが人に危害を加える以上、祓わせてもらうの」
再度、猫又が右足で地面を小さく叩くと。
最初の火力よりも一層強まり、犬の霊を一気に炎が包み飲み込む。
「グアァァァァァァァオォォォォォォォォ!」
遠吠えとも違う、雄叫び。
痛みよりも怒り。自分を滅せようとする相手に抵抗しようと声を轟かせるが、猫又の炎はそれしか許さない。
まさに手も足も出せず。ただただ炎に体が焼かれていく。
「では、トドメと行こうか」
猫又の両手に妖気が集中されていき、爪が長く伸びていく。
長さは20cm程だが、その鋭さはナイフ顔負け。切れ味も抜群である。
そして、刹那。一瞬だけ前屈みの体勢になってから。
「――――のっ!」
猫又は声と共に姿を消す。いや、正しくは凄まじい速さでの移動。
その姿を目で追えていたのはこの場では二人だけ。供助と南である。
唯一見えていなかったモノからすれば、それは前触れもなく消えたようにしか見えない。
そう。犬の霊は段々とズレていく視界に気付き、大人しく雄叫びを上げるのを止めるのであった。
「往生際が良いのは褒めてやるの。あの世でしっかり反省するがよい」
猫又は徐々に二つに分かれていく犬の霊を眺めながら、両手の爪を元の戻す。
火廻によって相手を束縛した後、妖気を込めた爪撃によって炎ごと切り裂く一撃。
炎と爪による合わせ技――――猫削。
炎の渦が真っ二つにされた犬の霊を燃やし去り、地面には微かに炎の余韻が残った。




