戦法 -オヒロメ- 参
「でもま、釘数本ぽっちで動けねぇんじゃ大した妖怪じゃねぇな。そんなんであたしから恐怖心を喰おうってのは無理な話だ」
「イ、ギ、ギギ……イ、ィィ!」
「お?」
南に挑発されて怒りが頂点に達したか。影の妖怪は歯軋りのような呻き声を発し、黒い体を僅かだけ動きを見せる。
地面に刺さった釘が軋む音を漏らして、さらに悪霊の影体はさらに肥大していく。
「へぇ、意外と根性あんじゃん」
「恐レロ! 怯エロ! 泣キ喚ケ!」
「しょうがねぇ、少しは真面目に相手してやっか!」
言って、南はおもむろに着ているスカジャンの内側へと両手を入れる。
少し前屈みの状態で腕を交差させた腕。薄ら笑みを浮かばせるも、その瞳は獲物を狩る獣の眼。
「恐怖デ歪ンダ顔ヲ見セロォォォォォォ!」
南の釘による束縛を押しのけ、悪霊は大きく開かれた両手。その太く鋭く尖らせた指で貫き殺さんと。
目の前で嘲笑う天敵へと襲い掛かる。
「ほうらよっとぉ!」
しかし、そんな単純にして短調な攻撃など馬鹿でも読んで対処出来ると言いたげに。
南は軽い掛け声と共に、スカジャンの内側に収めていた両腕を広げた。
刹那、鳴り響くは激しい打撃音。そして、斬撃音。
「ギャアァァァァァァァァァァァァァァァ!」
加えて、悪霊の悲鳴。
「手ぇ出すって事ぁ、手ぇ出される覚悟はあんだろ?」
言って悪戯に笑みを零す南の右手には警棒、左手にはサバイバルナイフ。
スカジャン内から両手を出した勢いのまま、襲い掛かってきた悪霊の両手を殴りつけ、切りつけた。
打撃と斬撃。二つの同時攻撃。悪霊も何かしらの抵抗がある事は読んでいただろうが、まさか二種類の攻撃が来るとは思ってもいなかっただろう。
「おいたが過ぎりゃ、過ぎたお痛で返ってくるってな」
右手に持った警棒を肩に乗せ、南は痛がる悪霊に対して軽口を叩く。
攻撃に使った警棒とサバイバルナイフは何か特別な物という訳ではない。これも釘と同様、そこいらで売っているのと同じ物。
一昔前なら週刊雑誌の後ろにあった通販ページに載っているような、ごく一般的で普通の商品。
ただ、ちょいと一手間かけてあるが。
「ほう、釘に続いて警棒とナイフとは。随分と珍しい武器を使うのぅ」
「南は俺と違って意外と器用でよ、ああやって色々なモンを武器にすんだ」
「性格は供助みとうに粗雑でガサツっぽそうだが、あっちは器用な分、供助より取り柄があるのぅ」
「うっせ」
依頼の標的を相手する必要が無くなった供助は物見遊山気分で、興味を示す猫又に答える。
普通ならば払い屋として武器を使うならば刀や杖、道具なら札や数珠などが多い。
しかし、南が使用するのは一般人が使用する武器。本来ならば霊や妖には触れも出来ない物を使い、相手をしている。そりゃあ物珍しいだろう。
「恐怖ニ脆イ人間ノ分際デ……!」
予想から外れた反撃と展開。悪霊は肥大していた黒い体を縮ませながら、南から離れようと後ろへと下がっていく。
今までに何人もの人間を襲って恐怖心を喰らい、取り込み、力だけでなく知能も付けてきた。
悪霊は感情と欲望だけに任せず、不利と感じれば一度退いて立て直す。ある程度の状況を判断する賢さも備えていた。
しかし、それを許すかどうかは相手次第。相手が自分より実力差があった場合、それすらも読まれて先手を打たれてしまう。
そう、こんな風に。
「おいおいおい、お触りに失敗したら逃げるたぁ死ぬ前は痴漢だったか?」
チャリ――――。
南の声の中に混ざる、金属が擦れる小さな音。
「ギ……!?」
ガクン、と。後退しようとした悪霊の体が急停止する。
その反動で悪霊の頭部は振られ、揺れる視界には鼠色に鈍く光る長い鎖が映った。
いつの間にと聞かれれば、それは気付かれぬ間に。
「逃がしゃしねぇよ」
悪霊の動きを止めた正体は分銅鎖。長い鎖の先端に錘が付いた武器。
良く見るとサバイバルナイフの柄尻に鎖が繋がっていた。南は自分が使いやすいように分銅鎖とサバイバルナイフを繋げて使用している。
鎖鎌ならぬ、鎖ナイフと言ったところか。
ここで豆知識。よく鎖鎌は忍者が使う忍具や武器に思われがちだが、実は元々は農具である。
「このまま一気に終わらせてやらぁ!」
「人間ノ癖ニ、人間ノ癖ニィィ!」
南はサバイバルナイフを地面に突き刺して固定し、スニーカーの靴底でさらに深く押し込む。
これで悪霊は思いのまま自由に動けず、両腕も体と一緒に鎖に巻かれて先程のような攻撃は出来ない。
一気に畳み掛けようと、南は全身の霊気が高めて疾走する。
「ッらぁ!」
「イギャア!」
ダッシュから高く飛び、南は右手に持っていた警棒を横一線に薙ぐ。
鈍い音がトンネル内に響き、悪霊の頭部が大きく弾かれた。
「イイ気ニナルナ人間ンンンンンン!」
が、それも一瞬。劣勢に陥った悪霊は憤怒を露にして。
先程、両手を大きくさせたのと同じく。今度は頭部を巨大化させ、可能な限り開かれる口。
白い歯など有りもせず。黒く尖った不揃いの牙がずらりと並び、空中で自由が利かない南を噛み殺そうと首を伸ばす。
「いい気になってんのはそっちだろ」
――――バチッ。
「……ギ」
バヂヂヂヂヂヂヂチチチチチッ!
「ギャアアアアアアアッ!」
悪霊の全身に走る高圧電流。青白く照らされるトンネルの中。
南の左手に握られているのはスタンガン。スカジャンの袖内に隠していたのを取り出して、近付いてきた悪霊の頭部へと容赦なく放電する。
「お前の行動なんかバレバレなんだよ、ばぁか」
自分よりも弱い人間を襲い、恐怖を喰らい、半端に力を身に付けて調子に乗っていた敵が滑稽で。
南は膝を曲げて着地してからゆっくり立ち上がり、鼻で笑う。
悪霊の攻撃を危険だと微塵も感じさせずに往なし、躱し、反撃する。そして、決めに持っていく。
「後が閊えてんだ、じゃあな」
ひゅ――――。
短い風切り音の直後、鈍器で殴打されたような鈍い音。
スタンガンによる電撃を喰らって怯んでいた隙に、南はトドメの一撃を放つ。
悪霊の頭部は顎下からカチ上げる形で大きく煽られ、同時に顎から鼻先付近までがごっそり抉られる。その顔面には深い溝が作られた。
「ほい、一丁あがり」
抉られた箇所から霧散していく悪霊を眺め、南は勝ちセリフと共に微笑む。
そして、軽く上げられた右手には標的を倒した武器が戻ってくる。
右手の薬指には輪っかが作られた紐が通されて、紐の先には連ねられた二枚の小さな円盤。いわゆるヨーヨーであった。
釘、鎖分銅、警棒、ナイフ、スタンガンにヨーヨー。本来の払い屋が使う道具としては珍しい物の数々。これらが南の武器にして、払い屋としての戦闘方法である。
「さ、次はアンタの番だぜ」
完全に悪霊が消え去っていくのを見送り、後ろを振り返って挑発的な表情で。
南は猫又へと微笑混じりに、視線を送った。




