先後 -センパイコウハイ- 伍
「ほへー、ここが古々乃木先輩の家ッスか。昔ながらの作りで趣きのある家ッスね」
「正直に言っていいぞ。ボロいってな」
「そんな事無いッスよ。大切に使われてるのが分かりまス」
南はスカジャンのポケットに手を入れながら供助の家を眺める。
築四十年の一戸建て。少々古臭い所もあるが、それでも充分に立派な二階建ての家である。
両親が買い取った時に台所や風呂場などの水回りはリフォームしていて、中は意外と新しい所もあったりする。
「じゃさっそく中に入りましょー」
「いや帰れよ」
「ここまで来たんスから意地悪言わないで入れてくださいよー。喉も乾いたんで茶の一杯でも出してくれるとありがたいッス。ビールでもいいッスよ」
「ホンットに図々しいな、お前は」
「図々しくなきゃ古々乃木先輩の後輩はやってられないッスから!」
半目で南に視線をやって、供助は大きく溜め息。もう何を言っても家に上がる気だと観念する。
「で、なんでお前等もまだいんだ?」
「僕はなんか面白そうだから」
「祥太郎に同じく」
「私はなんか、流れで……」
供助宅の玄関。その前で、未だに帰らず付いて来てる三人。
今夜の依頼の為に仮眠しておきたかったが、これじゃあ完璧に無理だと腹を括る供助。
同時に、明日学校の授業中に寝る事が決まった。
「ただいま、っと」
鍵が掛かっていない玄関の引き戸を開け、供助は自宅へと入っていく。
その後ろを追って南も入り、爛々とした目で家の中を見回している。
「おかえりー、だの」
供助が靴を脱ぐのとほぼ同時。
丁度トイレに行っていた猫又が、廊下の奥から歩いてきた。
「なんだ、今日はやけに来客が多いのぅ」
「お、お、おか……」
「お? 初めて見る顔だの。供助の友人か?」
「おかえり、だと……?」
「ぬ?」
「誰だテメェはこの野郎ぉぉぉぉぉ!?」
ついさっきまで家を見て輝いていた目から光は消え、一気に殺意ある瞳へと変わる。
先輩として親しみ憧れる者の家に女性が居て、美人で、しかも、おかえりと言った。
そんな状況に南は冷静でいられる筈もなく、猫又を指差して叫ばずにはいられなかった。怒りと、妬みと、戸惑いと、驚きと。様々な感情が合わさり混ざった咆哮。
それを供助と同居している猫又へと向ける。
「なんだいきなり大声を出しおって」
「しかもテメェ、人間じゃあねぇな……!?」
「ほう。それに気付くという事は、そっち側の人間か」
人の姿に化けている猫又の妖気を感じ取り、南は咄嗟に構えて霊気を体に纏わせる。その霊気が攻撃的で敵意もある事に気付くも、余裕を見せて一笑する猫又。
次の展開次第ではこの場で戦闘が起きてしまうであろう、狭い空間に緊迫が広がる。
南の威嚇してくる霊気に触れて、降りかかる火の粉はなんとやら。猫又もまた自身の妖気を高めていく。
が、しかし。家の持ち主である供助はと言うと。
「俺ぁちょっと着替えてくっから、勝手に寛いでろ」
今まさに一触即発といった状況だというのに、我関せず。
「南、家ン中を散らかしたら平手じゃ済まねぇからな。猫又も相手して騒がしくしたら晩飯抜きだ」
そう言い残し、供助は階段を登って二階へと上がって行った。
「……」
「……」
その言葉を聞いて、ついさっきまで膨れ上がっていた霊気と妖気はどこへやら。供助の言葉で抑えられて勢いを一気に失い、無言で見合う南と猫又。
南から発していた霊気と敵意はすっかり萎んで、あれだけ威嚇していた猫又の妖気も小さく収まっていく。
理由は簡単かつ単純。供助の声のトーンがガチだった為、意地や感情だけで動いたら後が怖いと判断したからである。
「……とりあえず、お邪魔します」
「う、む……お茶を出すから、そこの居間で待っておれ」
完全に出鼻を挫かれて戦意を失った二人は、気まずい空気を出しながら大人の対応をする。
南は小さく頭を下げて家に上がり、猫又は台所へとコップと烏龍茶を取りに。そして、蚊帳の外だった和歌達もさり気なく家の中に入る。
この後にもう一悶着ある事は言うまでもない。




