先後 -センパイコウハイ- 肆
「私は鈴木和歌って言います」
「俺は田辺太一。供助とは小学校からの付き合いっす」
お互いに名前を教えて挨拶をし、南の鋭い目つきもいくらか緩くなった。
他人から見ればまだ充分に怖い眼付きなのだが、供助を先輩と呼んで慕っているのならば悪い人ではないと、二人はすぐに気を許した。
「よし、挨拶したな。じゃ解散、さっさと帰れ」
「え、ちょっ……それはないッスよ、古々乃木先輩!?」
南達が挨拶し終わるのを見計らって、供助はさっさと歩くのを再開する。
今日も夜遅くに依頼がある。さっさと帰って出来る限り仮眠を取りたいのだ。
「待ってくださいよ、古々乃木先輩ぃ! せっかく会いに来たのにそりゃないッスよぉぉ!」
「会いに来たんなら顔を見りゃ充分だろ」
「久々に会ったんスから、なんて言うかこう……昔話に花咲かせましょうよ」
「誰がするか、面倒臭ぇ」
けっ、と鼻を鳴らして顎をしゃくれさせる供助。
南は久しぶりの再会に喜んでテンションが高いが、供助はだから何だといつもの怠惰感を隠さない。
先輩と後輩のやりとりとして見れば自然だが、後輩が三つ上の女性だと知れば変な違和感がある。
「そんなこと言わないでくださいよー。古々乃木先輩の家ってこの辺りなんすよね? 行ったこと無いんで見せてくださいよー。出来ればお茶の一杯でも欲しいっス」
「お前、俺の後輩だとか言ってるくせに図々しいな」
「そんであわよくば一泊お願いしたいッス」
「ぜってぇ泊まらせねぇ」
久々に会っただけでこんなに騒がしいのに、家に泊めたらさらに騒がしくなるだろう。
疲れた体と心が癒す自分の家が、疲労の原因になってしまう。
「こいつ等は良くて、あたしは古々乃木先輩の家に行くのは駄目なんスか!? あたしも行きたいッス!」
「いや、俺はなんか面白そうだから付いて来ただけですけど」
「僕も太一君と同じです。あんな南さんは初めて見たから、なんか気になっちゃって」
太一達を指差して供助に嘆願するも、太一と祥太郎は家まで入るつもりは無いとバッサリ。
「お前は!? お前もただ気になって付いてきたクチか!? えーっと、和歌!?」
「いえ、私は家がこっちの方なので……」
和歌は南に話を急に振られ、困り顔をしながら答える。
さっきは笑顔だったのに、南はまた迫力と威圧感がある顔に逆戻り。三白眼から発せられる眼光は刃物のよう。
「誰彼構わず突っかかんな。こいつは俺ン家の隣に住んでんだよ」
「え? 隣? あんた、古々乃木先輩ン家の隣に住んでるのか!?」
「はい、まぁ……」
「なぁ部屋空いてねぇか!? あたしを居候させてくれよ! 古々乃木先輩の隣とか羨ましすぎる!」
「ちょっ、そんな急に言われても……私じゃ決めれないし、部屋も空いてないし……」
「頼むよ、頼む! ちゃんと家賃も払うし、なんなら気に食わねぇ野郎をぶっ潰して――――あいだぁぁぁ!?」
再度、供助の平手が南の後頭部を強打する。
「痛いッスよ、古々乃木先輩!?」
「脅してんじゃねぇよ」
「脅してないッスよ! お願いしてるだけでスって!」
「お前のその眼付きで肩を掴まれて迫られたら、お願いでも脅しになるだろうが」
さっきと同じ箇所を叩かれて痛む後頭部を擦り、供助に涙目で訴える南。
南からしてみればお願いでも、他人視線から見ると脅迫にしか見えない。背中に狼の刺繍が入ったスカジャンを着ていて、白文字で『A BEAST OF PREY』という文字も縫われている。見た目は完全にヤンキーにしか見えないのも大きな原因だろう。
さっきまでは供助にくっついていた南は、今度は和歌にしつこく付き纏い始める。理由は言わずもがな、鈴木家に居候をする為。
太一達を帰る時の、いつもの数倍喧しい帰り道。南を帰らせるのは叶わず、結局は供助の家までくっついてくるのであった。




