先後 -センパイコウハイ- 弐
「ちょっと待って、供助君、田辺君!」
「あん?」
「あれ、委員長。どしたの?」
少し大きめの声で名前を呼び、駆け足で追って来たのは和歌だった。
「私も一緒に帰ろうかなって。一人だとね、やっぱりちょっと怖いし……」
「たかだか見慣れねぇ女が一人居るだけだろ? 何が怖ぇんだか」
「そりゃあ怖いでしょ! 絡まれたら嫌だし……」
「すいませんね。こちとら血だらけの女の霊とかをしょっちゅう相手にしてるもんで」
供助は半目で和歌を見てから、顎をしゃくれさせる。
しょっちゅう人外を相手に戦っていて、場合によっては殺そうと襲ってくるモノも珍しくない。見た目が歪で醜悪なモノなど見慣れている。
それに比べれば、生きてる人間で見た目が少し怖いだけってなれば、恐怖心を抱く事は無かった。
「あ、供助君と太一君、あと鈴木さんも。今帰り?」
「おっ、祥太郎。掃除当番だったからな。そっちも帰るところか?」
「うん。僕はちょっと職員室に呼ばれてたのがさっき済んで、帰ろうとしてたところ」
「じゃ一緒に帰ろうぜ」
昇降口手前の廊下で祥太郎とばったり合い、太一が先に歩み寄る。
「そいや聞いたか? 校門にガラの悪い女が居るって話」
「あー、うん。職員室でも少し先生達が話してたのを聞いたよ」
「やっぱもう職員室でも話になってんのか」
「何か問題を起こしてる訳じゃないから様子見してるけど、もう少し経ってもまだ居るようなら生徒が怖がるから対処するとか言ってたよ」
「まぁ実際に怖がってる奴もいるからなぁ」
太一と祥太郎は話しながら下駄箱で外靴に履き替え、それを聞きながら供助と和歌も靴を履き替える。
一週間前に文化祭で騒ぎが起きたのもあって、学校全体が部外者の立ち入りに関して少し敏感になっていた。
その文化祭の騒ぎの中心にいた供助が、この中で一番興味も関心も無いのだが。
「ガンとか飛ばされたら嫌だなぁ。また問題を起こしたりしないでね、供助君」
「しねぇよ。変に絡まれたら無視して通りゃいいだけの話……」
和歌は少し心配そうに呟き、供助の斜め後ろを歩く。
そんな和歌に供助は面倒臭そうに返して、近くにまで来た校門の方を見る……と。
「げっ」
「げ?」
歩いていた足を止め、口端を引きつらせて動きが固まった。
どうしたのかと和歌も校門の先を見てみると、もの凄い勢いで走ってくる人の姿が目に映った。
「古々乃木せんぱぁぁぁぁぁぁぁいっ!」
それはもはや突進といった速さで、猛ダッシュで突っ込んでくる何か。それはさっき噂になっていた人物で、校門に居た女の正体。
前髪に銀色のメッシュが入った青髪のショートカットの女性が、名前を呼ぶや否や供助へと抱きついた。
「え?」
「え?」
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
いきなりの展開に呆ける太一と祥太郎、そして戸惑い狼狽える和歌。
そりゃ予想もしていない事が起きればそうもなろう。
「久しぶりッス、古々乃木先輩! 会いたかったスよー!」
「寄るな! 騒ぐな! 抱きつくな!」
供助の右腕に腕を絡ませて抱きつく女性に、供助は鬱陶しいと女性の顔に手を押し付けて無理やり離れさせる。
ただでさえ文化祭で問題を起こしたばかりなのに、ガラが悪い女性と校門前で抱きついていたら、また何かと噂になって問題になるかもしれない。
「あれ? 南さん?」
「あぁん? 誰だよ、あたしの名前を気安く呼ぶ奴は……」
「お久しぶりです、祥太郎です」
「ショータロー? って、あのチョビっ子だった祥太郎か!? 久しぶりだなオイ、最後に会ったのは中学ン時だっけ!? お前もこの高校に通ってたのか、元気そうじゃねぇか!」
「そっちも元気そうですね」
「おーよ! 毎日飯食って寝てりゃそりゃ元気ってな!」
南と呼ばれた女性は大きく笑いながら、祥太郎の背中をバシバシ叩く。
白のパーカーに黒がメインのスカジャンを羽織り、一人の時は目付きが悪く、女性で身長が165cmあるのも見た者を怖がらせた理由だろう。
しかし、知り合いを前にした彼女はさっきまでの威圧感も険悪な表情も消えて、整った輪郭で屈託ない笑顔を見せる。
教室で男子生徒が彼女を綺麗な人だったと言っていたが、今ならそれが納得できる。
「祥太郎、知り合いか?」
「うん、東戸南さん。小学校の時に同じクラブに入ってて、家も近かったんだ。歳は三つ上で、退学しちゃったけど元々はこの学校にも通ってたんだよ」
「え、ウチの高校の生徒だったのか!?」
「でも、覚えていないのも無理ないよ。僕達が入学してた時は休学中で、そのまま辞めちゃったから」
「へぇー、祥太郎の知り合いだったのか。年上のねぇ……」
太一がその言葉を口にして、頭に過ぎる違和感。
「ん?」
「あれ?」
太一と和歌は言葉の矛盾に気付き、顔を顰める。
「祥太郎の先輩なのに……」
「供助君を先輩呼びしてるの?」
先輩が後輩を先輩呼び。なんだかよく分からない。
味方の敵は味方、みたいな。いや違うか。
「いや、まぁ、なんだ……色々あってよ、なんかそうなっちまってんだ」
「あたしは古々乃木先輩の後輩で、古々乃木先輩は私の先輩ッスから!」
なんか体育会系のようなノリで、南は小さく頭を下げる。
そんなノリも反応も苦手で、供助は丸くしてた背中をさらに丸めて。項垂れるように頭を手で抑える。
「で、その供助の後輩こと南さんは、わざわざ供助へ会いに学校まで来たのか?」
「いや、お前は年下なんだからタメ口すんなよ」
「あ、はいスンマセン」
さっきまでにこやかだった表情は一瞬で変わり、鋭い眼付きで太一へとガンを飛ばす南。
体育会系のようなではなく、完全に体育会系であった。




