打上 -ゴチソウ- 伍
「こんばんはー」
廊下から聞こえてきた、ガラガラという引き戸が開けられた渇いた音。
それと同時に耳に入ったのは、聞き覚えのある男の声。
「こんな時間に客? って言うか、今の声って祥太郎だよな?」
供助が廊下に出て玄関を見てみると、やはりそこには友人の祥太郎が居た。
「やっぱ祥太郎じゃねぇか」
「ごめんね、勝手に玄関を開けちゃって。呼び鈴を押したんだけど鳴らなかったから……」
「いや、別にそれはいいんだけどよ。こんな時間にどうしたんだ?」
「ほら、文化祭が終わったら久々に集まって遊ぼうって約束したじゃない」
「したけどよ……それだけでわざわざ来たのか?」
「それに僕だけじゃないよ」
何か含んだ笑みというか、どこか嬉しそうな。
緩やかに口端を上げた祥太郎の後ろから、少し申し訳なさそうに一人の少女が現れた。
縁無しの眼鏡と長いポニーテールが特徴の、供助のクラスメイトであり隣人の幼馴染。和歌だった。
「こ……こんばん、は」
「和歌、お前も居たのかよ」
隠れるように玄関の外に居た和歌は、おずおずといった様子で家の中に入ってくる。
「打ち上げはどうしたんだよ?」
「行ったよ。二次会のカラオケは断って来ちゃったけど」
「主役を演じたお前が打ち上げに参加しなくていいのか? 二次会とは言えよ」
「でも、私にとってはこっちの打ち上げも大事だったから」
「こっち……?」
「うん。文化祭には参加できなかったけど、文化祭が出来るようにしてくれた一番の功労者は供助君と猫又さんでしょ? だから、二人と一緒にご苦労様会ぐらいはやろうって」
「誰だよ、そんなのやるって言い出した奴……って、そんなの太一しかいねぇわな」
「ふふ、当たり。ほらこれ、打ち上げの残りだけど。出来るだけ持ってきちゃった」
和歌が差し出してきたビニール袋の中には、唐揚げやフライドポテト、イカリングに春巻き。
パーティーで定番の食べ物がたんまりと詰められたタッパーが複数入っていた。
「僕もほら、出店で作ったたこ焼き。冷めちゃってるけど。他にもコンビニでお菓子と飲み物も買ってきたよ」
「こんだけ大量の食料が貰えるたぁ嬉しいねぇ……とりあえず上がれよ。玄関じゃなんだろ」
供助は顎で居間の方を差して、祥太郎と和歌を家の中に入れる。
「お邪魔しまーす」
「お、おじゃまします」
祥太郎は抵抗も無く上がり、そのあとを和歌がついて行く。
和歌に至っては供助の家に上がるのは小学校以来。久しぶり過ぎて少し畏まってしまっている。
「おお、和歌ではないか。祥太郎もか」
「こんばんわ、猫又さん」
「どうも、お邪魔します」
まだ寿司を覗きみていた猫又が二人に気付き、和歌と祥太郎は軽い挨拶をする。
「猫又さん。怪我の具合はどうですか?」
「怪我はどうって事ない。ただ、人の姿になれんのが不便でのぅ……」
「余り物ですけど食べ物を持ってきましたので、良かったら食べてください」
「おぉ、有り難い! この匂いは唐揚げに春巻き……フライドポテトもあるの」
「凄い……よく分かりましたね」
「ふふん、これでも猫だからの。人より嗅覚が優れてるんだの」
人の姿で言うならまだしも、猫の状態で『これでも猫』だと言われても猫にしか見えない。
と言うよりも、ただ単に食い意地が張ってるだけだと、心の中で供助は突っ込んでいた。




