第七十二話 処分 ‐ソノゴ‐ 壱
文化祭前の賑やかさとは別に、落ち着かない騒がしさが混ざる校舎。時刻は正午を迎え、生徒達は昼休み時間を各々の過ごし方をしている。
昼食を摂る者、食料を求めて売店に行く者、まだ文化祭の準備をしている者。そして、さっき起こった騒ぎの話を口にする者。
ある廊下の片隅で、一年生の女子生徒が今しがた仕入れた話題で盛り上がっていた。
「ねぇ、聞いた? なんかさ、体育館で喧嘩があったんだって」
「聞いた聞いた。さっき体育館に居た友達が言ってた。凄かったらしいね」
「救急車が来て何人か運ばれてたの見たよ。怪我した人かわいそう、せっかく今日から文化祭だったのに」
「聞いた話だと、救急車で運ばれたのはみんな不良達らしいよ。ウチの生徒は無事だったんだって」
「そうなの? 予定通り午後から開会式するって先生が言ってたし、そんな大変な事は起きなかったんだ」
「でも、不良が暴れて色々と壊されたみたいだよ。あと、その不良達と喧嘩した人が一人……」
すれ違う者は皆、並べる言葉は違えど同じ話題を話している。
面白がる者がいれば、怖がる者もいて、無関心な者と様々。
先程の女子生徒の横を過ぎれば、今度は三年生の男子生徒が二人、同じ話題をネタに話をしていた。
「でさぁ、そんで入ってきた不良共を殴りまくってたってよ」
「馬乗りでボコボコにしたんだろ? 床に結構な血もあったらしいぜ」
「マジかよ、えげつねぇー。どっちが不良か分かんねぇじゃん」
「普段から喧嘩してるって噂あって、今日も顔に怪我してたんだってよ。それも喧嘩の傷じゃねぇかって皆が言ってるぜ」
どこを歩いても、どこに行っても、誰を見ても。耳に入ってくるのは同じもの。
又聞きしたのに付け足し、自分の憶測を決めて付けて、噂を事実だと疑わずに広め。好き勝手に言いたい放題。
廊下を足早に歩いていた一人の女子生徒が、耳に入る周りの声に堪らず足を止めた。
「みんな、何も知らないくせに……!」
背中まであるポニーテールを垂らして、和歌は俯いて呟いた。
昼休みの喧騒にその声はかき消され、誰の耳にも入らず届かない。
その人の優しさを知らないで、理由も言い分も聞かないで。話が盛り上がる部分だけを盛り付けて勝手に面白がる。
他人の無神経さと、身勝手さに。和歌は悔しさのあまりに手を強く握り締めた。
「あ、やっと和歌みっけた。どこに行ってたのさ、探したんだよ」
「利奈。ちょっと用があって……」
「全くもう、気付いたら居なくなってるんだもん」
「……ごめん」
和歌が利奈と呼んだ女子生徒はクラスメイトで、ショートカットの黒髪に部活焼けした肌が特徴的。クラスで特に仲がいい間柄である。
気付かれないように握り拳を解くが、和歌は表情は暗く曇ったまま。二人は一緒に廊下を歩き出す。
「どこもかしこも、あの話で持ちきりだねぇ」
「みんな面白がってるだけよ」
「まぁねー。不良がお礼参りに学校へ乗り込んでくるなんてさ、一昔前の漫画かドラマの話だよ。不良に掴まれた時はどうなるかと思ったけど、和歌も怪我がなくて良かったよ」
「私は古々乃木君が助けてくれたから。じゃなきゃ私もどうなってたか……」
「古々乃木君って近寄りづらい雰囲気あるせいか、前からいい噂はなかったからねぇ。和歌も文化祭準備では特に手を焼いてたじゃない」
「それは、そうだけど……」
「それに今日なんて顔にたくさん怪我してたじゃん? 絆創膏とかガーゼ貼ってさ。きっとあれも喧嘩の傷だよ。じゃなきゃあんなに怪我なんてしないって」
「違う! 供助君はそんなんじゃ!」
「え、ちょ……和歌?」
「そんなんじゃ……」
和歌は立ち止まり、肩を小さく震わせる。
誰も分かっていない。分かってくれない。供助の行動を、考えを。供助という人間を。
それは分かっていた筈だった。周りが分かってくれない事を、理解していたと思っていた。
しかし、見栄えの悪い優しさがあまりに救われなくて。可愛そうで。和歌は悲しく、悔しく、向け場のない怒りに苛まれる。




