探者 妖 ‐サガシモノ ヨウ‐ 伍
『うちらも前々から探って情報を集めてはいるんだけどね。いかんせん、中々足を掴めないでいるのよ』
「でも、あれ? 横田さん、猫又が探している妖怪って“共喰い”っていうんだから、妖怪を喰うんですよね?」
『そりゃあね。半年前に見たって部下の報告書にも、食事中だった所を発見したって書いてたし』
ある事を疑問に思い、供助が会話に入る。
「俺達払い屋は人間に害がある妖怪が対象じゃないですか。なのに、なんで共喰いの情報を集めているんです?」
『確かに共喰いによる人間への被害は確認されていない。けど、奴の食料がいつ妖怪から人間に変わるか解らんでしょーよ』
「っ!」
『人が喰われてから動いても、意味無いからね』
いつもは無気力な喋り方が特徴の横田が、最後の一言だけは、言い様のない感情が混ざった声だった。
供助の亡き両親は、生前は横田の部下だった。特別な感情が無い筈が、無い。
『ところで、猫又ちゃん。君はどーすんだい?』
「私は……もう既に居らぬかもしれぬが、それでも九州へ向かう!」
『供助君のメールで結構な怪我をしてるって聞いたけど……体、大丈夫なの?』
「それでも、私は……!」
『探しに行って見付からなかった挙句、無理したのが祟って死んだら元も子も無いんじゃなーい?』
「それは、そうだが……」
喋り方はいつもの調子に戻り、横田は黙っていた猫又へと話し掛ける。
『そこまで見付けようとするって事は、それなりの理由があるのかな?』
「貴様には関係無かろう」
『そう言われちゃったらまぁ、そうだね。行く行かないは個人の意思だしねぇ。俺があーだこーだ言えんわな』
「しかし、奴の情報を教えてくれた事には感謝する」
『あって無いような情報だけどね』
猫又は携帯電話に向かって頭を下げる。
『その情報代としてあと一つ、聞きたい事があるんだけど。いーい?』
「内容によるが、なんだの?」
『君が負ったその傷……原因はなんなのかなぁ、と思って。事故とかならともかく、祓い屋の連中がやったのなら同じ人として謝らんといかんでしょ』
「気にするでない。これは人の手によるものではないからの」
猫又は話しながら包帯が巻かれてある腹部を摩り、痛みで顔を少し顰める。
「これは同類に受けたものだの」
「同類って……妖怪にやられたのか、それ」
「うむ。旅の途中、森の中でな。いきなり現れて襲われた」
「もしかして、そいつも共喰いか?」
「いや、相手は怪我を負った私を追いかけ、笑い楽しんでおった。喰らうのが目的ならば、この腹の傷を致命傷にしていた筈だの。そうしなかったという事は、暇潰し程度の遊びだったんだろうの」
「鬼ごっこ、ってか?」
「さぁの。逃げるのに必死で顔を確かめる暇が無かったからの。角の有無も解らん。いきなり襲われた身としては迷惑極まりないがの」
供助の冗談に返しながら、苛立ちや不快感を露わにする猫又。
相手の暇潰しで命の危機に関わったのだから、当然だろう。
「しかし、のぅ……」
「ん? なんだよ?」
猫又の怒りを見せていた顔は一転、怯えた様子で表情が曇る。
寒さに耐えるように両腕を抱いて。
「物凄く、嫌な感覚がした……寒気が止まらず、身の毛がよだち、必死に逃げた。顔も見れず何の妖怪かも解らなかったが、酷く恐ろしかったのは覚えておる」
猫又は背中を丸めて肩を縮こませ、恐怖から己を守るように。
襲われた時の事を思い出し、小さく震える体と唇。
その姿は酷く怯えている。
『妖怪に襲われた森ってのはどの辺り? 人ではなく妖怪を無差別に襲うとは言え、危険なのは変わりないからねぇ。こちらでも把握しておきたいのよ。いつ対象が妖怪から人間に、ってね』
「森の詳しい場所は覚えておらん。私が探しておる妖怪の情報が無い故、気ままに旅しておったからの。ただ、北から南に歩いておったのは覚えておる。これから寒くなるからの」
『ちょっと曖昧過ぎるかなぁ。せめて都道府県くらい解かれば有難いんだけど』
「すまんの。逃げるのに必死でどれだけ時間が経っておるのかすら解らん」
『うーん……多分、猫又ちゃんの傷からして長くても二、三日位だと思うけど……なんとも言えんねぇ。何か他に覚えていない? 襲ってきた妖怪の特徴とか』
「先程も言ったが、顔をろくに見ておらんからの……」
猫又は顎に手を当てて目を細め、自分の記憶を探る。
そして、数秒。考え込んだ後、落としていた視線を上げた。
「ただ、そうだの……奴の服装なら覚えておる」
『お、本当?』
「うむ。かなり特徴的だったのでの」
猫又は一度頷き、続けてこう言った。
「黒い、巫女装束と言うのかの? 袖の無い着物を着ておった」




