礼参 -ゼンヤサイ- 参
「傷が痛くなったら言ってよ? すぐ代わるから」
「痛くなったらな」
そっけない態度で返して、二人は再び歩き出す。
「猫又さんも怪我をしていたけど、様子はどう?」
「元気に飯食ってたよ。あいつは怪我よりも妖気が尽きたのが問題だからな。それ以外はいつも通りで食い意地張ってらぁ」
「そっか、良かった。じゃあ、明日から一般解放される文化祭に来るの?」
「あ? 来る訳ねぇだろ。なんでだ?」
「昨日、文化祭に来たがってたから来るのかなって」
「あいつが来たら面倒臭ぇだろ、来させる訳がねぇ。第一、今は人の姿になれねぇからな。来たくても来れ――」
ガサッ。近くの茂みから、葉が擦れる音。
二人が目を向けたと同時に、茂みから黒い影が飛び出した。
「にゃあ」
出て来たのは黒猫。噂をすれば黒い影。または噂をすればなんとやら。
黄色の目で、赤い首輪をしていて、それに鈴が付いていて、前右足に包帯が巻かれた、ごく普通の黒猫。
まるで二本の尻尾を絡めて一本にしたように太い尻尾をした、どこにでもいる至って普通の黒猫。
「ね、ねぇ供助君。この黒猫って……」
「知らねぇ。ただの迷い猫だろ」
和歌が何を言いたい事をすぐに察し、供助は無視して歩き出す。
しかし、その後ろを付いてくる、見覚えがあるような黒猫。
「にゃー」
「だってほら、前足に包帯が巻かれてる」
「怪我する動物なんて珍しくないだろ」
「にゃーってば」
「なんか、鳴き声に人語が混ざったような気が……」
「気のせいだ。野良猫なんざ無視しろ無視」
「にゃーすけ」
「今度は供助君の名前っぽい鳴き声したけど」
「んな訳ねぇだろ、無い無い」
「のぅ、供助ってば。無視するでない」
「あ、ほらやっぱり猫又さん……」
「てめぇよ」
「ぬ?」
照明を一旦地面に置いて、振り返る供助。むんず、と。鷲掴むは黒猫の首根っこ。
そして、供助は大きく息を吸って、大きく振りかぶって、それを……投げた。
それはもう全力で、加減も無く、出せる力を全部使って。思いっ切りブン投げた。
「家で大人しくしてろっつっただろうがぁぁぁぁぁ!」
「キィライホウッ!」
遠投。全身全霊、全力全開の遠投。
昼間の青い空に流れる、一筋の流れ星。
「ちょ、供助君!?」
「怪我してんのに食い意地でここまで来たんだ、あれ位ぇ大丈夫だろ」
供助は悪びれもせずに照明を持ち直し、さっさと歩いて行く。
気に止むな。黒き彼女は星になったのだ。




