第七十一話 礼参 -ゼンヤサイ- 壱
ざわざわ、がやがや。賑やかにして忙せわしなく、騒がしくも楽しい。
もうすぐ始まる文化祭を前に、学校はお祭りのような楽しげな雰囲気で包まれている。
そんな校内の廊下を、供助と太一は演劇の背景に使う道具を運んでいた。
昨夜の依頼で体中に怪我をしている供助だが、肉体を使う仕事柄、体は何げに鍛えられている。この程度の重さの物ならば苦にならない。
「昨日の夜にあんな事があったぁってのに、どいつも元気にはしゃいでんなぁ」
「心配だったか?」
「心配って訳じゃあねぇが……原因に関わっていた以上、なんかあったら寝覚め悪ぃだろ」
ダンボールを持って歩く供助の横を、忙しそうにすれ違っていく多くの生徒。
不巫怨口女に生気を吸われ、何十人も生徒が気絶した。顔は土気色になるほど危険な状態にまでなったが、今じゃ誰も彼も汗を流して文化祭を成功させようとしている。
「祥太郎のクラスは食いモンの出店だっけか」
「確かたこ焼きとかって言ってたな。時間が空いたらあとで行ってみようぜ」
目的地であった体育館に着いて、供助と太一は中に入る。
今は体育館の壇上で軽音楽部がリハーサルを行っていて、有名な邦楽を演奏していた。
二人は舞台近くの壁際まで移動する。道具は重い物も多く、使う時になったら持ち運びが少なくなるように、なるべく近い方がいい。
軽音楽部の次が供助のクラスが壇上を使用できる番で、あと五分程で回ってくる。
「午後イチから開会式で、それ以降はもう練習で体育館は使えないからなぁ。壇上に立って練習出来るのはこれが最後だから、みんな気合入ってるわ」
「そんなのはどうでもいいからよ、これはここら辺でいいのか?」
「相変わらず冷めてんなぁ。丁度あそこが空いてるから、そこに置くか」
どっこいせ、と呟いて、供助はダンボールを床に置く。
午前中までが準備期間で、文化祭が始まるのは午後から。しかも、今日は生徒達だけ。一般開放がされるのは明日からである。
なので、供助のクラスみたいな演劇や今練習している軽音楽部など、見世物の部類は殆んど明日になっている。
「おーい、背景のハリボテや小道具、全部持ってきたぞー」
「ありがとー、太一君。あんなに量があって重かったのに、もう運んでくれたんだ」
「地味に力持ちの供助が手伝ってくれたからな。お陰で早く終わったよ」
「えっ、古々乃木君……?」
太一が声を掛けると女子生徒が駆け寄ってきて、二人は軽い口調で話す。コミュ力が高い太一は供助と違い、クラスでは誰とでも仲がいい。
しかし、太一が供助の名前を出すと、女子生徒は気まずそうな表情に変わった。
「あっ、その……古々乃木君もありがとう、ね」
「……おう」
クラスメイトは、供助の顔を見るなり少し怯えながら礼を言う。
普段、供助はクラスメイトとあまり話さず親しくないのもあり、加えて顔の傷。
それがいつもに増して話しにくい雰囲気を醸し出していて、クラスメイトはおずおずとした反応をしてしまう。
「おい、もう少し愛想良くしろよ。せっかくお礼言ってくれてるんだぞ」
「うっせぇな。俺がそういうの苦手なのは知ってんだろ」
「はぁ、なんだかなぁ」
相変わらず供助のぶっきらな態度と性格に、太一は困ったもんだと溜め息をする。
「ごめんなー、こいつが無愛想で」
「う、ううん! じゃあ、私は衣装のチェックするから。太一君は練習が始まるまで休んでて」
「あ、そうだ。委員長は? さっきから姿が見えないけど」
「和歌ちゃんなら第二校舎裏の倉庫に行ってるよ」
「第二校舎裏の倉庫? なんでそんなとこに」
「演出班と話して、照明がもう一つあった方がいいって事になったの。他に手が空いてる人が居なかったから、練習が始まる前に和歌ちゃんが取ってくるって」
「照明器具って結構な重さだぞ、一人で取りに行ったのかよ」
「うん、私も自分の仕事で手が離せなかったから……」
女子生徒は申し訳なさそうにして太一に答えていく。




