呼名 後 ‐ヨビカタ コウ‐ 肆
「で、鍵はあんだよな? これで家には入れねぇってオチはやめてくれよ」
「大丈夫。ちゃんと鍵持ってるから。ほら」
和歌が制服のスカートのポケットから取り出して見せるは、キーホルダーが付けられた家の鍵。
ちゃり、と。小さな音が鳴る鎖が擦れる音。供助が何気なく目を向けると、それはかなり前に見覚えのある物だった。
「……そのキーホルダー」
「え?」
「それ、かなり前に俺があげたヤツじゃねぇか。まだ使ってたのかよ」
「うん、古い物だから所々壊れたりしたけど、直して使ってるんだ」
「昔から手先は器用だったよな、お前」
鍵の尻に空けられた穴にチェーンが通された先に付いていたのは、白い兎のようなキャラクターの人形。
今から数年前。供助がまだ小学生だった頃。お小遣いを貯めて和歌の誕生日にプレゼントした物だった。
和歌は人形を摘んで指先で遊びながら、昔を思い出して口元を緩ませる。
「ん?」
「む?」
しかし、和歌の家の鍵が出されてから数秒後。
供助と猫又。一人と一匹がほぼ同時に、僅かに眉を顰ひそめた。
「それから何か……力強い霊気を感じるな」
「供助も気付いたか。私も間近で目にするまで気付かんかったが……このキーホルダーから霊気が放たれておるの」
その理由は、そのキーホルダーから感じ取った妙な霊気であった。
猫又も供助と同様、霊気を感じ取って怪訝な表情を浮かべる。「和歌、ちょっとそれを見してもらっていいか?」
「う、うん……」
和歌は声に戸惑いの色を表して、供助にキーホルダーを渡す。
「こうして肉眼で確認せんと解らぬ程の精巧な細工……そうそう作れる物ではないの」
ここまで近付き、己の目で見なければ気付かない。気付けない程の魔除け。いや、厄除けと言っていい。
それも害意ある霊気や妖気のみから持ち主を守り、それ以外には存在を悟らせない複雑な術式。
このような代物はそうそう見られる物では無く、考えずとも相当の手練が作成したのが分かる。
「このキーホルダーがどうかしたんですか?」
「うむ。和歌には解らぬであろうが、この人形から強い霊気……正しくは魔除けなる術式を感じる。不巫怨口女の瘴気に当てられず平気であったのは恐らく、これのお陰だろうの」
「えっ……これ、が?」
「しかし、これ程まで上等な魔除けは見た事が無い。太一達が貰った魔除けよりも数倍もの効力を秘めておる」
あまりに精巧な術式に、猫又は正直に感心の意を見せた。
「でも、猫又さんも妖怪ですよね? 平気なんですか?」
「それがこの魔除けの凄いところだの。普通のとは違って、明確な悪意や害のある霊や妖のみから守るように式が組まれておる。普通の魔除けならば霊や妖ならば一纏めに遠ざけるように出来ておるが……これを仕込んだ者は相当の手練だの」
「そうなんですか? でも、なんでこのキーホルダーにそんな魔除けが掛けられているんだろ……?」
供助はストラップを指先で転がし、細部にまで目を通す。
そして、一通り見た後に目を細め、供助はおもむろに口を開いた。
「多分、俺の両親だ」
「えっ?」
呟くように供助が口にした言葉は、和歌には予想外で。
瞼を大きく開け、眼鏡越しに供助をみやる。
「供助君の両親って、なんで……?」
「俺の両親も払い屋だったんだ。このキーホルダーにいつ術式を組んだかは分からねぇけど、そうだと思う。一部だけだが、この術式にゃ見覚えがある」
霊視をすると、人形の内側にぼんやりと見える黒い模様。供助はそれに見覚えがあり、身に覚えがあった。
供助が両親から鍛錬を受けていた幼い頃、その一環として物作りの教えも受けていた。
結局、供助にはその才能は無かったが、その時に手本品として見せてもらった魔除けの札に似たような模様があったのを覚えていた。




