探者 妖 ‐サガシモノ ヨウ‐ 肆
「ぬ? 供助、何をしとるんだの?」
「こうすりゃお前も話が出来るからな」
供助が操作する携帯画面を、膝で立って不思議そうに覗き込む猫又。
「横田さん、これで聞こえる筈ですよ」
『もしもーし、大丈夫? 聞こえてる?』
「おおっ!? おっさんの声が聞こえるのぅ!?」
『聞こえてるみたいね』
猫又が驚くところを見ると、携帯電話の存在を知ってはいたが、細かな機能までは知らなかったようだ。
『やー、初めまして猫又ちゃん。名前は横田って言うんだけども。一応、供助君の上司にあたる。可愛い声だねぇ』
「そんな事はどうでもいい! 共喰いを知っているというのは本当かの!?」
『まー、うん。知ってるといえば知ってるねぇ』
「どこに……奴はどこに居るのかの!?」
『まぁまぁ、落ち着きなさいって。それに、君が望む情報はあげれないと思うよ?』
「どこ馬の骨とも解らん妖怪には教えられぬと言うか!」
『こっちも仕事だからね、そうそう簡単に情報を教えたり出来んのよ。けどまぁ、情報をやれないのはもっと簡単な理由なんだなぁ』
「頼む、知ってる事全て教えてくれんかの!?」
猫又と横田が二人で会話をしていて、仲介する必要もなくなった供助はとりあえず話だけは聞いている。
ただ、猫又が大声を挙げる度に唾が飛ばされ汚れる携帯電話を見て、げんなり。
『正直に言っちゃうとね、猫又ちゃん』
「なんだ、教えてくれるのかの!?」
『君が探している妖怪かどうかは解らないけど、共喰いという存在は確認されている。ただ、それだけでね。他の情報は全くと言っていい程無いんだよねぇ』
「な、に?」
『言ったでしょ、情報をやれないのはもっと簡単な理由だって。教えてやれる程の情報が無いんだなぁ、困った事に』
横田の返答に、猫又は携帯電話を見つめたまま固まる。
『うちでも共喰いとされる数種類の妖怪の目撃例は報告されているけど、場所や時間が疎らでなぁ。中々生存地域が特定出来ないでいるのよ』
「つまり、殆んど知らない……という事かの」
『期待させて悪いけど、そういう事になるねぇ』
猫又は無言で、糸が切れた人形のように。
ぺたん、と座布団の上に尻を着く。頭も俯かせて。
期待した分、落胆が大きい。いや、ここまでの流れで期待しない方が難しいか。
そんな様子を見て、供助はぶっきらに頭を掻いてから口を開いた。
「なぁ横田さん、ちぃとばかし聞きたいんですけど」
『んー?』
「さっき、“情報は全くと言っていい程無い”って言いましたよね?」
『そーだねぇ』
「って事は、ほんの僅かならある。って事ですよね?」
『……普段は頭が悪いのに、なーんでこういう時だけ勘が働くかなぁ。勘が鋭い所、香織君そっくり』
携帯電話の向こうから、溜め息を吐く声が聞こえてきた。
供助が猫又に視線を送ると、驚きと戸惑いが混ざった表情で固まっていた。
『狐の妖怪、そして共喰いとなれば、うちで確認している中では一匹しかいない。猫又ちゃんに聞きたいんだけど』
「おい、猫又。呼ばれてるぞ」
「な、何かの!?」
供助が呼ぶと、猫又は慌ててまた膝で立ってテーブルの携帯電話に近付く。
それを見て、供助は小さく笑った。
『君が探している妖怪の確認だけど、人型で尻尾は一本、毛髪が金色じゃなーい?』
「ッ! そうだの! やはり何か知っているのかの!?」
『言っとくけど、米粒程度の情報よ? 半年程位かなぁ。俺の部下が姿を見たって報告が最後、それ以外に情報はないんだなぁ』
「場所はっ!?」
『九州』
「九州……よし!」
『でも、追いかけるのは無駄だと思うよ?』
「なんでだの!?」
『その前の確認報告では東北となってるからね。各地を転々としていると考える方が自然でしょ。半年も前だし、十中八九もう九州には居ないと考えるべきだろーね』
「くっ……」
横田の言葉を聞き、猫又は手を握り締め歯を軋ませる。
その表情は口惜そうに携帯電話を睨みつけていた。




