呼名 後 ‐ヨビカタ コウ‐ 参
「と言う訳で、さっそく復縁の印として一発、もう一度『きょう君』と呼んでみようかの」
「うぇえっ!? 前のは咄嗟に出ちゃっただけでっ、そんな急に言われても……!」
猫又のいきなりな提案に驚き戸惑い、和歌は恥ずかしそうに隣の供助を見やる。
その様子を供助が一瞥するも、好きにしろと言いたげに小さく溜め息を吐いた。
恐らく、疲れと眠気がピークなのに加えて、変に何かを言って猫又と口論するのが面倒だったのだろう。
「き、きょう君……?」
「んな顔を赤くして無理してまで言わなくていいっての。猫又に付き合う必要ねぇから、いつも通り呼んでくれ」
「でも、苗字じゃなんかアレだし……」
「アレってなんだよ。今まで苗字で呼んでただろうが」
「あ、なら名前、名前で! 名前なら丁度言いと思う!」
「そんな気ィ張って決めるようなもんでもねぇだろ。好きに呼んでくれ」
「じ、じゃあ……供助、君」
「おう」
「あはは……なんか名前でもまだちょっと恥ずかしいね」
慣れていない名前呼びに気恥かしさを感じ、赤くなった頬っぺたを人差し指で掻く和歌。
その初々しさというか、純情というか。見ている方まで恥ずかしくなってしまう。
「季節は秋だというに、春が近いのうぅ」
「お前から炊きつけといてよく言うわ」
頭の上でニヤニヤしてる猫又に、供助はウザったげに鼻を鳴らす。
歩きながら話している内に家が近づき、家近くの曲がり角が見えてきた。
「おい、委員長。今更だけど家の鍵は持ってんだよな? 学校に泊まる予定だったから持ってねぇとか……」
「……」
「委員長?」
「ねぇ、私はそのままなの?」
「あん?」
「私は供助君の呼び方を変えたのに、供助君はそのままなんだ」
「俺は別に変えてくれって頼んで……」
「……」
じいっと黙って、和歌は供助をまっすぐ見つめる。
これで何を言いたいのか分からない程、供助も鈍感ではない。
「ったく、わあったよ。和歌、これでいいんだろ」
「ふふっ! うん、これがいい」
さっきの和歌と同じく、呼び慣れてない名前を口にして恥ずかしさがあったのか。供助は側頭を掻きながら、隣人の名を呼ぶ。
その様子を見て和歌は満足そうに微笑み、少しの照れから頬をほのかに赤らめていた。
「おおー、アオハルだのぅ。秋なのに暑くて背中がむず痒くなる」
「てめぇ猫又、面白がってんだろ。俺ぁさっきから誰かさんのせいで頭が蒸れて暑いんだがよ」
加えて、たまに聞こえてくる腹の音が不快でしょうがない。
疲労と睡魔でへとへとの所に、この不快音。首根っこ掴んでブン投げたくなる。




