第六十九話 呼名 前 ‐ヨビカタ ゼン‐ 壱
足音を聞き取ってから数秒後。昇降口の中から、見知った顔が駆け足で外に出て来た。
「お、居た! おーい、供助ー!」
いち早く供助達に気付いた太一が大きく手を振って駆け寄ってくる。
その後ろに、祥太郎と和歌の姿もあった。
「教室に居ないからもう帰ったかと思ったけど、まだ居てよかったぁ」
「おう」
心配が晴れてはにかむ太一に、供助はそっけない一言で返す。
太一達の記憶がどうなったのか分からない以上、確信が取れるまでは下手に会話を出来ない。
「皆が倒れて、あのでっかい蛇みたいな化物が現れた時はどうなるかと思ったぜ」
「そうだね。僕も太一君に起こされて話を聞かされた時は、全く信じられなかったもん」
「ってお前等、記憶が……」
どうやって会話を進めて確かめようか……そう思っていた矢先に、太一と祥太郎の口からは件の内容が語られた。
「ん? あぁ、今回の件では俺達の働きも大きかったらしくてさ」
「口外さえしないと約束すればこのまま記憶を残してもいいし、あの妖の恐怖を思い出したくないなら忘れさせてあげるって。好きな方を選んでいいって言われたんだ」
供助の問いに答える、太一と祥太郎。
「じゃあ、委員長も……」
「うん。私も覚えてるよ」
供助が二人の後ろに居た委員長を見ると、大きなポニーテールを揺らして小さく頷いた。
「何やってんだよ、お前等……あんな妖怪の記憶なんざ覚えとく必要なんか無ぇだろ。さっさと忘れた方が……」
「それは違う、違うよ。古々乃木君」
一歩、二歩。和歌は歩を進め、供助へと近づく。
その真剣な面持ちと予想外の反応に、供助は少しだけたじろぎを見せる。
そんな供助を小さく一笑してから、太一は和歌の隣に並んで言葉を続けた。
「確かに今回の事は常識外れだったし、怖い思いもした。けど俺は、お前が必死に戦って俺達を助けてくれた事を忘れる方が嫌だ」
「僕達が残したいのはあの化物の記憶じゃない。供助君が僕達を命懸けで守ってくれたって事なんだよ。それを忘れて自分達だけ都合の良い様に生きるなんて……そんな事をしたら僕は、自分を供助君の友達だなんて言えないよ」
太一に続いて、祥太郎までも。自身の胸の内にあった本音を隠さず、今回の恩人であり友人である供助へと伝える。
そして、残る一人も例外ではない。二人と同じくして、かつての友人、幼馴染として。和歌も同じ気持ちであった。
「だって、古々乃木君があんなにも体を張って、怪我をして、そんな傷だらけになって皆を助けてくれたのに……誰も覚えていない、誰も知らないなんて……そんなの悲しいじゃない」
「委員長……もしかして泣いてんのか?」
「泣いてない、泣いてないわよ! でも……人にとって本当に悲しくて寂しい事は、自分を忘れられてしまう事だから」
供助が和歌の顔を覗き込もうとすると、和歌は首を振ってから鼻を鳴らす。
泣いていないと言いつつも目はほのかに赤く、声もちょっとだけ鼻声。それを隠すように鼻を手で擦って。
「そういう事。俺も、祥太郎も、委員長も。自分の意志と納得があって選んだんだ」
「ひねくれた供助君の友達をしてる僕達だもん。僕達もひねくれてなきゃ、供助君の友達なんてやってられないよ」
呆れもあって、納得もあって、しょうがないと言いながら溢れる笑い。
しかし、決してそれは諦めなどでは無い。友として供助の事を知っているからこその、信頼と友情の証。




