探者 妖 ‐サガシモノ ヨウ‐ 参
『はいはーい、どうしたのよ?』
数回鳴ったところで電話口から出たのは、無気力そうな男性。
相手は先程供助が言った、バイト先の上司。
「一時間くらい前にメールしたでしょ。見てないんですか?」
『あらぁ、そうだっけ?』
「一昨日みたいに、またダブルブッキングが起きても尻拭いしませんからね」
『冗談だってば。猫の妖怪を拾ったんだって? 面倒な事が嫌いな供助君がねぇ、珍しい事があるもんだ。今夜は雨かな』
「雨ならもう降ってますよ。それも土砂降りで」
『あらら、迷信も馬鹿に出来んもんだねぇ』
相手は言うまでもなく、横田である。
いつもと変わらず、互いに冗談を交えながらの会話。
「で、その拾った妖怪なんですけど、さっき目を覚ましまして」
『あーそう。どうなのよ、人畜無害そう? その拾った化け猫ちゃんは。それとも猫又ちゃんかな?』
「そうですね、俺が買った弁当を二つも食われた事以外は基本無害っぽいです……って、あれ? 俺、猫又って言いましたっけ?」
『猫の妖怪ったら猫又がポピュラーでしょ、だからそうかなって。違うの?』
「いや、合ってますけど……とりあえず目ぇ覚ましたってのと、危険は無い妖怪だって報告です」
『んー。じゃ何も問題は無いみたいだし、あとは供助君の判断に任せるよ。そのまま飼うなり逃がすなり、お好きにどーぞ。君が大丈夫だって言うなら大丈夫でしょ』
「随分と簡単に判断しますね」
『それだけ信用してるって事よ』
「どうだか」
信用してる、と言われても。下手な俳優が台詞を棒読みで言っているような口調じゃ、本心かどうかわかんねぇよ、と心の中で呟く供助。
いまいち声から感情が読み取れない上に、電話で顔も見れない。そんなんじゃ本心かどうか一層解りにくい。
「それとなんですけど」
『まーだ何かあるの?』
「一つ、妖怪の事で聞きたいんです」
『なによ?』
横田と電話する供助の横で、猫又が視線を送ってくる。
早く聞け、という猫又の意思を読み取った供助は、もう一つの本題に入る。
「共喰い、って妖怪を知ってます?」
一瞬。
横田からの声が止まり、間が空く。
「あれ? 横田さん?」
『……共喰いったって数多くいるからねぇ』
「狐の妖怪なんですけど」
『狐の妖怪で共喰い、か。知ってるっちゃ知ってるなぁ、うん』
「本当ですか?」
『君に嘘吐いてどーすんだい』
「おい、猫又。俺の上司、知ってるってよ」
「何っ! どこだの、奴はどこに居るんだの!?」
横田が知っている事を伝えると、猫又は電話をしている供助を肩を揺らす。
「お、落ち着けっての! 今聞く!」
「早く、早く聞くんだの!」
「あーもう、うっせぇな! 静かにしねぇと聞いてやらねぇぞ!」
猫又の顔を掴んで無理矢理離れさせ、供助は携帯電話を耳に当てる。
『もしもーし、供助くーん? 無視ー? おじさん傷つくよー?』
「あぁすいません、ちょっと猫の鳴き声が五月蝿くて」
『で、なんでまたそんな大物を?』
「大物なんですか?」
『知らないの?』
「いや、その共喰いの事を知りたいのは俺じゃなくて猫又なんですよ」
『あ、そーなの』
なんとか猫又を落ち着かせ、供助は座布団を指差して座るようジェスチャーする。
それに従い、猫又は渋々ながらも黙って座った。
「なんでもその共喰いを探して旅して回っているらしくて。横田さんなら何か知っているかなぁ、と」
『うーん……知っているって言っていいか解らんのだけどねぇ』
「なんです、曖昧な言い方ですけど?」
『まぁ、ね。言っちゃえば君が探している妖怪と同じようなもんよ』
「――――ッ!」
『そんな怖い顔せんでよ』
「……これ、テレビ電話じゃないですよね?」
『普通の電話だね。それに俺の携帯電話、型が古いガラケーだし』
顔が見えない筈なのに表情を見透かされ、少し不気味がりながら自分の携帯電話を確かめる供助。
当然、携帯の画面には『通話中』と表示されているだけで、横田の顔は映っていない。
『話を戻すけど、共喰いの事なんだけどね』
「はい」
『その前に供助君の携帯電話、スピーカーモードにして頂戴よ。その方が猫又ちゃんにも聞こえて話も出来るでしょ』
「あー、そうですね」
供助は耳から携帯電話を離し、猫又にも聞こえるようテーブルの上に置く。




